日ノ本時代男子
第六章、未来を繋ぐもの

真相

「それで、税の不公平や土地の独占を防ぐために六年ごとに田んぼを配り直す班田(はんでん)収授法(しゅうじゅのほう)が……あー、この時忙し過ぎてなぁ」

奈良さんが壁に吊り下げた黒板にチョークを走らせながら、しみじみと解説してくれる。

けれど、私の耳にはその声が右から左へと通り抜けていた。手元のノートを見つめたまま、ぼんやりと別のことを考えてしまう。

​今まではお馴染みのホワイトボードだったのだが、通販が苦手な昭和くんが間違えて大きな黒板を買ってしまったらしく、今日から急遽、この黒板で授業することになったのだ。

ちなみに、行き場をなくしたホワイトボードは現在、掃除やご飯の役割分担表として食堂の壁にドーンと居座っている。

「んー。おや〜、若人は上の空か?おーい、空から戻れい!てい!」

不意に奈良さんに人差し指でツンツンと頬をつつかれ、私はハッと我に返った。

「うわっ!」

「おっ、戻ってきた。俺の話あまり勉強にならないか?まぁ脱線多いからなぁ」

「あっ、いえ!そういう訳じゃないんですけど……」

慌てて首を振る私に、奈良さんは目線を合わせるようにして、ゆっくりと床にしゃがみ込んだ。

その温和な瞳に見透かされたような気がして、私はポツポツと本音をこぼしてしまう。

「ちょっと考え事してまして……年明けは受験だなぁ……って。みんなに勉強見てもらったりしてるのに落ちたら顔向けできないし……」

「なるほど、つまり若人は心配なんだな」

本を閉じて顔を近づけてくる。

「でも頭の中が考え事の山で溢れていると、何も手につかないぞ」

そう言うと、奈良さんはキャビネットから碁盤(ごばん)を持ってきた。

「ということで、勉強は一旦やめにして……囲碁でもやるか!」

「わぁ……お爺ちゃんみたい」

「ジジイだぞ!囲碁は良いぞ。打ってる最中は石だけに集中できるからな!」

そう言ってヒノキの盤の上に白と黒の碁石を分ける奈良さん。

こうして唐突に囲碁が始まることになった。とはいえ、全くの初心者である私には荷が重いので、ハンデとして平安さんとチームを組ませてもらう。

「楽しみですねぇ」

平安時代は、囲碁や蹴鞠(けまり)などが貴族文化として栄えた時代だからか、囲碁が好きなようで、いつもよりニコニコしている。

「まぁまずは一局打ってみようじゃぁないか!」

「出来るかなぁ……」

奈良さんは碁盤の上に黒石を置く。木目の上に碁石が弾ける音が響く。

「?」

訳が分からず平安さんに全てを任せると、パチパチと打っていく。

「面白いところに置きますねぇ」

「ここに置くこと分かってただろ」

「すみませんねぇ」

「う〜む。右下隅の白地に対してコウを使うか―――いや、二手ヨセコウが関の山か」

(何言ってるか分からないけど、すごいのは伝わる……)

奈良さんは盤に顔を近付け、唸っていたかと思うと、急にぱっと明るくなった。

「よし、ここだぁ!」

黒石を一つつまみ、白石群に置く。

平安さんが「あ、厄介な手が来ましたねぇ」と苦笑する。

奈良さんがイタズラみたいに置いた一手に、私は首を傾げた。

「え、そこって何か意味があるんですか?」

平安さんは盤面をじっと見つめ、口元を扇子で隠しながら言った。

「これは……いわゆる嫌がらせの好手ですねぇ。放っておくと、こちらの形が崩れますし、かと言って応じれば別の弱点を突かれてしまう……」

パチンと扇子を閉じた平安さんが私を見る。

「さて、美空さん。ここで逃げると奈良さんの思うつぼですからねぇ。どうしましょうか?」

「えっ?いやいや無理無理!」

思わず両手をぶんぶん振って拒否する。
二人揃って考え込んだ。

その時、後ろから手がにゅっと伸びてきて、「ここ置けば左辺に置かれても中央に伸ばせるよ」と誰かが指差した。

「え?」

「おやまぁ……」

振り返ると湯呑み片手に布団を被っている江戸くんがいた。

「江戸くん!いつの間に!?」

「今さっき。面白そうなことしてるから見に来たんだよ」

そう言って、江戸くんは当たり前のように私の隣に座り込む。

盤面をざっと眺めると、すぐに黒石の急所を指した。

「ここ打つと良いよ。逆にここスカスカになると奈良さんが喜ぶよ」

「江戸くん、囲碁できるの?」

「江戸時代は町人文化で囲碁が流行りましたからねぇ。お強い方が多いんですよぉ」

平安さんがにこやかに笑っている。

しばらく何回戦か囲碁を打っていた時、知らない足音が聞こえた。

「っしゃぁぁぁ!いるじゃん!私ついてるじゃん!」

そんな大声が聞こえたので、その方向を見ると、黒髪の知らない女の子が立っていた。

「……誰!?」

「え、私!私だよ私!」

「え、何なに!?急なオレオレ詐欺!?」

「うわっ、オレオレ詐欺懐かし〜!あれ撲滅したよ〜」

女の子は何故か嬉しそうで、奈良さんの方へ向かう。

「うわー……奈良さんも平安さんも江戸くんも懐かしい!」

「ありゃりゃ、若人が二人になってしまったぞ」

「平和ですねぇ」

「元気だね……」

三人は謎の人物と普通に会話している。

「あの……貴方は私で、私は貴方?」

女の子にそっと近づき、恐る恐る聞いた。

すると女の子は待ってましたとばかりに胸を張る。

「そう!私は令和!よろしくね☆」

(……え?)

その瞬間、固まる私。

奈良さん、平安さん、江戸くんの三人は「あー……」という顔で目を逸らす。

対して女の子は「あっ……」と口に手を当てた。
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