逃亡中の王女が敵国の皇太子に娶られた件
第一夜
 せっかくの満月だというのに、今日は生憎の雲夜。
 時折雲からこぼれた月の光が、走るたびに揺れる彼女の髪を煌めかせている。
 彼女部屋から出られなくなってから十年余り。身体を洗える機会は少なかったが、王女としての最低限の矜持を守るために髪の手入れは欠かさなかった。

「王女を殺せ!!」

 怒涛が響き、近衛騎士の放った弓矢が彼女の太ももをかすめた。血が流れる前に患部に手を当て治癒魔法を施す。その際僅かに彼女の走る速度が遅くなったが、馬に乗る騎士たちは全然追いつけない。
 このくだりは果たして何回目だろうか。

「くそっ、何故追いつけん」
「やはり王女は悪魔に魂を売られたか!!!」

 何メートルも差をつけられているのにもかかわらず、一向に魔法の存在を認めようとしないとはもはや酔狂だ。
 まぁそれができるのであれば実の娘を監禁などしないか、と納得し、彼女は父のことを考えることをやめた。

 森の中を進むにつれ、どんどん足場が悪くなっていった。
 いくら魔法で身体を強化しているといっても、何年も運動できていなかったので体の動きは鈍いし、靴がなかったので足が痛む。息もどんどん上がってきた。
 さっきのが最後の弓矢だったのか、攻撃がやんだ。それでもまだ追ってくる。木々のおかげで彼女の姿は見えづらいはずだが、追っ手は一切の迷いなくついて回る。

 奇妙だ。

 城から逃亡するときもそう。監視カメラのない場所を潜り抜けたにもかかわらず急に警報が城内に鳴り響き、近衛騎士が彼女のもとに駆けつけてきた。
 身体に埋められていた発信機は部屋を出る直前にきちんと取り除いたはずだ。
 ずっと騎士たちが付けているゴーグルの様なものが原因か。

「撃てぇ!!!!」
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