逃亡中の王女が敵国の皇太子に娶られた件
 残念ながら考えている暇はない。
 号令とともにパンッと乾いた音がした。
 聞いたことがない。しいて言うのであればクラッカーのような音。
 だからつい振り向いてしまった。
 それと同時に左肩に鉛のようなものが撃ち込まれた。
 体の内部が溶かさせるような痛みが襲う。

「あ゛っ」

 思わず獣のような声が漏れ出た。
 次にそれが右足を貫き、転んでしまった。
 足にうまく力が入らない。地面を這いずり木の裏に隠れた。これでひとまず追撃から逃れることが出来る。
 血はだらだらと流れていく。傷を治そうにも身体に残る異物が邪魔でできない。
 その間にどんどん距離を詰められていく。

 ──もう無理、ね。

 いくら自身が傷つけられても、彼らは彼女が守るべきはずの民だった。だから反撃などしたくなかった。
 でも、命には代えられない。

 ──わたくしはまだ、何もできていないの。

 地面に手を付けた。

「そこの木の裏に王女がいる! 取り囲め。決して逃がすな!!」
「──ごめんなさい」

 一瞬だった。
 彼女が魔力を込め地面に大穴を開けるまで。
 そして、彼らが奈落の底に突き落とされるまで。

「ばっ、化け物……」

 最期の一人が言い残した言葉が彼女の心にずしりとのしかかった。
 何度も言われたことか。
 父に、母に、継母に、異母兄弟に。
 その言葉は彼女を呪いのように蝕み続けた。

 息を整えた後、ぼろぼろの衣服の袖の部分を引きちぎり止血を行った。それからまたのそのそと移動を始める。体力はたいして回復しておらず、足も引きずったまま。だがここにいては第二の刺客が来るかもしれない。その恐怖が彼女を無理やり動かした。
 途端、浮遊感を覚えた。いい加減体が麻痺し始めたのかもしれない。
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