東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
 
 
「お義父さん、孫の夢香を連れてまいりましたよ」
 
「おじい様っ夢香だよぉ」
 
 ノックもせずに当然のように病室に勝手に入って来る二人。香水臭くて鼻が曲がりそうだ。
 
「あら、どこにいたのかと思えば、まだお義父さんに寄生して生きてたのね」
 
 こっそり気配を消して出ていこうとしたのに、見つかってしまった。
 
「……」
 
「まったく、外来種(・・・)はしぶとくて嫌ね」
 
 外来種(・・・)……神楽 義徳の妻であるこのオバサンは、わさびの事をそう呼ぶ。わさびを産んだ生物学上の母親は、日本人ではないらしい。
 
「ほんとよね。その顔と身体しか取り柄がない馬鹿のくせに、神楽家の当主に気軽に会い来れるだけ、感謝しなさいよ」
 
 顔と身体という取り柄があるだけ、わさびは十分だと思っている。
 なぜなら、夢香は顔も身体も頭すら取り柄と呼べるものがないから。
 
「……」
 
「まぁた、だんまりしちゃって。何考えてんだかわからなくて気味が悪いったらありゃしない」
 
 話をする価値のない相手と話したってしょうがないから、話さないだけだ。
 馬鹿のフリをしていれば、自ずと飽きて静かになるのだから。
 
 しかし、ここはお爺の病室だという事を忘れていた。
 
「───っ出ていけ! お前らの顔なんぞ見たくもないわ! 毎度毎度部屋を臭くしていきよって! 病院に香水なんぞ付けて来るんじゃない! 非常識な女どもめが!」
 
「お爺! 興奮したら駄目っ!」
 
 わさびの代わりに、お爺が怒ってしまった。
 興奮したら駄目だと医師から言われているのに。
 
 香水臭い二人は、病室の前に控えているお爺の付き人によって、連れ出されていく。
 
「二度と来るな! ───っぅう゛っ……」
 
「お爺!」
 
 胸を押さえて苦しみだしたお爺に、慌ててナースコールを押す。
 
「神楽さん、どうされましたぁ?」
 
 呑気な声出してないで、早く来い!
 
「早く来て! お爺が!」
 
 
 看護師が来て、主治医が来て、わさびは病室から追い出された。
 
「わさびさん、隣の部屋で待っていましょう」
 
 お爺の付き人の夏目 蒼真(なつめ そうま)は、お爺の次に少しだけいい奴だ。
 いい奴だけど、結局はオッサンには逆らえないから、信じていない。
 
「夏目さん、樋浦(ひうら)弁護士を呼んでください」
 
「え?」
 
 わさびが急に、彼の目を見て、まともに話しをしたことに、驚いているのだろう。
 
 いつものわさびなら夏目と目も合わせず、どこか斜め上の空間を見つめながら……──“わさび、樋浦弁護士に会わないといけません”……と、支離滅裂な言い方をしていた。
 
「か、かしこまりました。すぐに」
 
 どんな扱いを受けていようとも、一応は神楽家の血を引いている以上、夏目はわさびの指示にはしたがってくれるはずだと思っていたが、成功したようでよかった。
 
 夏目はスマホを操作し、電話をかけ始めた。
 会話をするその様子からして、留守などではなく繋がっているようだ。
 
 樋浦弁護士は、神楽家の顧問弁護士とは別に、お爺が自分に何かあった時のためにと、密かに契約を結んでいる弁護士だ。
 夏目は、樋浦弁護士のことを、ただお爺と世間話をしに来るだけの暇な男だと思っている。実はわさびもそう思っていた。
 
 それもそのはず、樋浦弁護士はお爺に何かあった時以外、仕事は無い。彼はその時のためだけに存在し、他の仕事は一切せずに、万全を期しているのだと聞いたことがある。
 
 わさびも詳しい事はわからないが、お爺に常々言われていた。

『わさび、爺に何かあったら、すぐに樋浦を呼ぶんだぞ』───と。
 
 
 わさびは一人、隣にある家族部屋のソファーの上でうずくまり、樋浦弁護士を待った。
 
 
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