東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
 
 見合い相手は現れるなり不機嫌(顔が)、わさびはお見合いで何をするのかわからない。
 
 結果、わさびはオレンジジュースを飲むしかなかった。
 
「……」
 
「……」
 
 ラウンジ内の離れた場所からは、楽しそうな会話やオーダーをとるサービススタッフの声などが微かに聞こえる。
 そんな中、わさびたちのデーブルだけが無言。
 
 わさびのオレンジジュースは底をつき、ズズッとストローで吸う音がしてしまう。
 
 あ、っと思った。
 
 神楽のオバサンに、音を立てるほどまで飲み干すなんて卑しい、マナーが悪い、とネチネチ言われたことがある。
 東雲の御曹司もそう思うだろうか。
 
 しかし、わさびをジッと見ているだけで、何も言わなかった。
 
 東雲 紀糸は神楽のオバサンよりも心が広いと見た。
 
 わさびはすかさず、サービススタッフに声をかけ、オレンジジュースのお代わりを所望する。
 
 
 すると、そこでようやく東雲 紀糸が口を開いた。
 と、思ったら、オレンジジュースをお代わりしたことについて、遠回しに嫌味を言われた。
 
 やっぱりこの男も心が狭かったようだ。
 
 しかしわさびは、自分の計画のためにも、東雲 紀糸と結婚しなければならない。
 
 さて、どうしたらいいものか。
 
 東雲 紀糸はわさびみたいな子供とは結婚しないと言った。
 わさびは子供じゃない。きちんと成人している。
 
 その時わさびは、つい最近神楽のオバサンがわさびに言った言葉を思い出した。
 
『お前の母親はね、うちの夫を身体で誘惑して、上手く種付けさせたはいいけど、住む世界が違い過ぎて怖気づいたんでしょうね。お前を産んで、金だけ受け取ってさっさと逃げ出したわ。だから、お前は一人ぼっちなの。産みの親にすら愛されないしょうもない子供なのよ。神楽はそんなお前を金で買ったも同然。だから、少しは役に立ちなさい』
 
 わさびの生物学上の産みの親は、あのオッサンを身体で誘惑したと言っていた。
 
 つまり、わさびも東雲 紀糸を身体で誘惑出来るんではないだろうか。
 
 
 結果、大成功だった。
 
 その後色々あったが、身体で誘惑しておいたおかげで、東雲 紀糸は婚約を続けると約束した。
 
 わさびの大勝利だ。
 
 
 でも、東雲 紀糸はへんな男だった。
 
 わさびをつけ回して、スマホを持たせた。
 
 飲み物のチョイスは変わっているけど、あの男はお爺と同じだ。思っていることと、口に出していることが大体一緒。
 
 わさびの話を真剣に聞いて、900億用意しておいてくれると言った。条件付きだったけど、約束した。
 
 お爺に貰ったお金で、お爺の大事なものを守れるかもしれない。そう思ったのに……
 
 お爺が眠っている間に、わさびは夏目に呼び出され、今度は夢香に引き渡された。
 
 その時夏目が、小さな声で『許してください、わさびさん』と悲しそうに言うので、少し嫌な予感がした。
 
 
 わさびは神楽の屋敷に連れていかれて、服をひん剥かれて、振袖を着せられた。東雲 紀糸に持たされたスマホは、何とか帯の隙間に押し込んで死守する。
 
「あんたのせいで、紀糸さんが罪悪感を感じているのか、会ってくれないの。あんたの処女なんかゴミ以下の価値もないのに」
 
「……」
 
 どうやら今回は、東雲 紀糸に相手にされないからと、八つ当たりされているらしい。でも、それならこの振袖は一体……
 
「だから、紀糸さんの罪悪感をなくすために、あんたは今から別の人とお見合いよ。先方もこの話に乗り気みたいだから、しっかりと心をつかむのね。なんなら、また身体で誘惑したら?」
 
 余計なことをしてくれる。
 そんなことをして、もし東雲 紀糸にバレたら、900億の話が無くなってしまうかもしれない。
 
 しかし、この場で嫌だとでも言おうものなら、夢香を喜ばせるだけだ。
 
 無言のまま、わさびはホテルへ連れていかれた。
 
 
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