東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
 
 
「やぁ、昨日ぶり」
 
「……」
 
 見合いの相手は、九条 蓮だった。
 
 なんだ、こいつか。それがわさびの感想。
 
 将来性はあると思う。でも今の九条 連に900億は用意できない。わさびの野望(・・)を叶えるためには、結婚相手は東雲 紀糸でなければならない。
 
 わさびは今日も、オレンジジュースを飲む。
 
 そしてお代わりを頼む。
 
 九条 蓮は、やたら話しかけてくるが、興味がわかない。場所と格好が違うだけで、話している内容は学校と同じだ。
 
 その時、突然東雲 紀糸が現れた。
 今日も絶好調に不機嫌そうな顔をしている。
 
 なぜここにいる、と、さすがのわさびも少し困ったが、東雲 紀糸はこの退屈な場所からわさびを離脱させてくれた。
 
 だから、腹が減ったというその男に、一度くらいは付き合ってあげようと思ったのだが……振袖の代わりに着せられた服の趣味は悪かった。
 
 でも、連れていかれた店の食事はおいしかった。
 
 自動販売機の飲み物も飲めないような男だったので、どんな高級店へ連れていかれるかと思ったが、普通の定食屋さんだった。
 
 育ち盛りのわさびは、もりもり食べた。だって、遠慮せず好きなだけ頼めというから。
 
 サバの味噌煮定食に、から揚げとハンバーグを単品で頼み、山菜うどんとおいなりさんも頼んだ。
 
 全部美味しかった。
 
 お爺にも食べさせてあげたかったけど、誤嚥したら大変だから変なものは食べさせられない。
 
「ご馳走様でした。もう食べられません」
 
「……気持ちがいいくらい、よく食べるんだな……見てるこっちが胸やけしそうだ……この後、デザートでもと思ったが、その腹では無理そうだな」
 
 東雲 紀糸はポッコリ膨らんだわさびのお腹に目をやって、そう言った。
 でもそれは間違っている。
 
「わさびの胃袋が、デザートは別腹だと言っています」
 
「……そうか……では行くぞ」
 
 東雲 紀糸の連れて行ってくれたデザートは、ハワイアンパンケーキのお店だった。
 
「紀糸は、そんなに怖い顔をしているのに、どうしてこんなに可愛いお店を知っているのですか」
 
 店内は、カップルと若い女性客ばかりだ。
 スーツ姿で怖い顔をした東雲 紀糸とわさびのペアは、少し浮いている。
 
「顔は関係ないだろ……運転手に聞いたんだ。ここがひと昔前に女子高生に人気の店だったって」
 
 わさびは目の前に置かれたクリーム盛盛のパンケーキを切り分けて、頬張る。美味しい。わさびはお代わりを所望した。
 
 そんなわさびの向かいで、東雲 紀糸は、コーヒーしか頼んでいない。ミルクも砂糖も入れず、真っ黒のまま飲んでいる。
 
「ひと昔前に人気だった店、というところが、紀糸らしいですね。今人気の場所は混んでいますからね」
 
「そのとおりだ、さすがに並んでまで来る気はしない」
 
「でも、コーヒーしか飲んでいません」
 
「っ───お前が、食べているところを見ているだけで、胃もたれしそうなだけだ……」
 
 さっきは、胸やけ、今は胃ですか。東雲 紀糸の消化器官は虚弱です。
 
「そうですか」
 
 わさびはお腹いっぱいデザートを堪能した。
 
 
 
 その後、東雲 紀糸はお爺の病院まで送ってくれて、わさびは大きなお腹のままお爺の病室に帰った。
 
「おかえり、山葵」
 
「ただいまお爺!」
 
「なんだ、大きな荷物を持ってきたな」
 
「あ……」
 
 しまった。脱いだ振袖を持って帰って来てしまった。
 
「買い物に行ってきたのか? 珍しいな、どれ、爺に見せて見ろ」
 
 爺が夏目に指示し、わさびの手から振袖の入った紙袋がお爺の所まで運ばれていく。
 
「……なんだ、着物か? こんな雑に……」
 
 一緒に中身を見た夏目は、顔を真っ青にしている。
 
「っ! わさびっお前、まさか義徳に見合いでもさせられたんじゃないだろうな! どこのどいつだ!」
 
 お爺にばれた。わさび、叱られる。
 
 
 
 
 
 
 ブーッブーッブーッ
 
 
 その時、しんっと静まり返った病室内に、スマホの振動音が鳴り響いた。
 
 夏目は自分のスマホを確認しているが、違う。
 お爺も自分のスマホを確認しているが、違う。
 お爺の病室の隅に飾られている樋浦弁護士から渡されたスマホも違う。
 
 では、どこから?
 正解は、わさびのポケットだ。
 
「わさびか? お前、スマホなんて誰に……っ夏目、わさびのスマホを受け取ってくれ」
 
 お爺は、怒っている。興奮させたらいけないのに。わさびのせいだ。
 
 わさびは、ポケットから東雲 紀糸に渡されたスマホを出し、夏目に渡した。
 チラリと見えた着信画面には、しっかりと“東雲 紀糸”と表示されている。
 
「……東雲だとっ? ───もしもし」
 
 お爺が電話に出てしまった。
 
 
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