東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ
話し合い当日───……
東雲家からは現在の当主である俺の父親、東雲 創栄とその妻である俺の母親、そして俺、の順に並び座る。
神楽家からは次期当主である神楽 義徳とその妻、そして何故か九条との見合いが進んでいるはずの娘の夢香が俺の向かいに座り、端に追いやられるようにわさびが座っていた。
その他、立ち会い人兼進行役として、両家から顧問弁護士が一人ずつ参加している。東雲からは晴人が出席していた。
「東雲家といたしましては、今回の神楽家側の手違いを、大変遺憾に思っております。さらには、わさびさんについても、まだお若いせいもあるでしょうが、東雲の嫁としての役目をこなせるかどうか、また、その立ち振舞いに些か不安が残ります。よってこの度の婚約は、白紙にすべきというのが、東雲家当主のご意向でございます」
晴人は出来るだけ角を落とした言葉選びで、こちらの意思を相手に伝えた。
「まぁ! 白紙に? 破談という事かしら?」
この場で最も関係のない、本妻の娘である夢香が声をあげた。さらには……
「お父様、私は紀糸さんがお相手でもかまいませんわ」
と、突然わけのわからない事を言い出した。
「山葵は九条の弟さんの方にやったらいいんではなくて?」
九条の弟とは、おそらく、わさびの同級生だという九条 蓮の事だろう。
まるで自分は、九条 奏と俺の二人に自分をめぐり競わせる、とでも言いたげだ。
「申し訳ございません。東雲は今後、神楽家との縁を結ぶつもりはございません」
晴人がきっぱりと答えた。
すると、口を開いたのは神楽家の顧問弁護士だ。
「それは些か極端ではないでしょうか、手違いや不注意は誰にでもあるでしょう」
どうやら、神楽側としては東雲と縁を結びたいようだ。そうなればこの場は完全に、神楽との縁など不要であるこちらが優位だ。
「東雲家は、手違いや不注意を一切許容しません。有名な話しですよ、ご存知ではないですか?」
晴人は同じ弁護士として強気に攻める。
俺はチラリとわさびを見た。
相変わらず、表情一つ変えず、虚無の眼でボーッと庭の鹿威しを見つめて、竹が石に落ちると同時にわさびも一緒に首をカクン、と動かしている。
やっぱり駄目だ。俺は何を血迷っていたのか。あの女が妻として東雲の次期当主である俺の隣に立てるわけがなかった。想像しただけで恐ろしい。
圧倒的に晴人が優勢で行われた、弁護士同士のくだらない弁論の末、神楽家側の弁護士は苦肉の末、とばかりにわさびに意見を求めた。
何故か夢香は馬鹿にしたように笑う。
まるで───あんな子に意見など求めた所で無駄だ、とでも言うように。
しかし───……
「わさびはちゃんと、東雲 紀糸を身体で誘惑しました」
そのひと言に、場は凍りついた。
「わさびのここに自分のソレをいれて……東雲 紀糸は思った。“神楽のおっさんはろくでもないが、娘のここの具合はいいようだ”───」
わさびの発言に、その場いた全員が耳を疑った。
「わさびは初めてでした。真っ赤な血が出ました。東雲 紀糸は三回も精を出しました。東雲 紀糸は思いました───……“身体の相性はいいようだな”、“うるさく喘がないのもいい”、“これなら妻として最低限の義務は果たせそうだ”……」
父は俺を冷やかに睨みつけ、母はこめかみを押さえ小さく首を振り、呆れている。
「東雲 紀糸は、わさびが“最低限の義務を果たせる”と判断しました。よって、先ほどの理由では、東雲 紀糸はわさびとの婚約をなかった事には出来ません」
俺は混乱していた。そんな事は絶対に言っていない。
しかし、わさびの言った言葉は、確かにあの時、俺が思った事だ。だからと言うわけではないが、この場でそれを否定するつもりはない。
無意識に声に出していただろうか……いいや、そんなわけはない。
否定も肯定もせず、俺はただ信じられずわさびを見つめていた。
「……ま、間違いないですな! 親としては、紀糸くんには娘の純血を散らした責任をとってもらいたいくらいだ」
その言葉を皮切りに、神楽家の弁護士からの晴人への反撃が始まってしまう。
晴人からの恨めしい視線を感じたが、ここで動揺しては東雲の名が廃る。
俺は表情を崩すことなく、この日、初めて口を開いた。
「では、こうしましょう───……」