東雲家の御曹司は、わさびちゃんに首ったけ

 
 それから二週間、見合いをした事などすっかり忘れたまま、忙しい日々を送っていた。
 晴人から何度か着信があったが、忙しくてかけ直す暇もなく放置してしまった結果……

「おい、電話をかけ直すくらいしろ」

 腹を立てた晴人が、直接会いに来た。

「悪い、忙しい。何か用か」

「……何か用か、だと!? デジャブだな! 神楽 山葵が誰だかわかったよ」

 その名前を聞き、二週間前の記憶がよみがえってきた。わさび、そうだった……いたな。

「それで? どこの誰だったんだ」

 俺は仕事の手を止めることなく、晴人に続きを促す。仮にわさびという女が詐欺師でも、アフターピルを飲ませてあるし、婚約はなかった事にすればいいだけだ。

「神楽 義徳の娘には間違いなかった……ただ、妾腹の娘だ」

「妾腹の娘……東雲も舐められたものだな」

「いつかこんなふうに使えると思ったのか、娘だけ引き取ったようだ。母親の消息は掴めてない」

 日本人ではないかもしれないからな、金だけ受け取り、国に帰ったのかもしれない。

「それで? どうして釣り書きの娘と入れ替わっていたんだ?」

神楽 夢香(かぐら ゆめか)が見合いを拒否したわけではないみたいだが、神楽 義徳は東雲(しののめ)と、九条(くじょう)とで天秤にかけていたようだ」

「九条って事は、九条 奏(くじょう かなめ)か? ……九条家の御曹司だな」

 大正時代、博打と金融業から始まり、戦後に表向きは教育・医療系へ転身した九条家は、表向きは医療・教育・福祉・宗教法人が主としていたが、裏では金融・賭博・薬関係も扱っていたと言われている。
 それは現在でも変わらず、慈善活動や病院経営でクリーンな顔を見せる一方で、裏では政治家への献金や圧力も平気で行うヤバい奴らだ。
 表と裏の顔を使い分ける策士の家系、とでも言うべきか。

 その男の弟は、わさびに一番を譲られるような奴だが。
 
「まぁ、九条 奏は神楽 夢香と年齢も近いし東雲の御曹司(おまえ)と違ってニコニコしてて女受けも良さそうな男だからな」
 
「……」
 
 いずれにせよ、東雲は神楽に馬鹿にされた事には違いないわけだ。
 
「あと……そのお前と見合いしたわさびちゃんだけど、相当な変わり者らしくて……」

「ああ、とんでもなく変わった女だった」

「常に無表情で、何考えているかわからない子で、時々わけのわからない事を口走ったり、突然教室から飛び出して猫を拾ってきたり、とにかく挙動や言動が普通じゃないと、学校でも相当浮いてるらしい」

 晴人はそれ以上言わなかったが、その言いにくそうな表情から、大体予想できた。
 妾腹の娘が、プライドの高い本妻やその娘から温かく受け入れられるわけがない。おまけに、あんな変わり者だ。ろくな扱いを受けていないに決まっている。

「いずれにせよ、神楽は東雲に厄介者の妾腹の娘をあてがって、九条には愛娘を売って、両方から甘い汁を吸おうって魂胆なわけだな───うちの親には?」

「当然話してある。破談にすべきだと仰っていた」

「そうだろうな、俺もそれがいいと思う」

 この忙しい時に、面倒くさい事させやがって。
 俺は、九条と天秤にかけられていた事よりも、仕事の邪魔をされた挙げ句、変わり者でまともに社会人として活動出来そうにないような女をあてがわれた事が腹立たしかった。

 ───こうして、東雲と神楽との両家で話し合いの場が設けられる事となったのだ。


 
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