陽だまりのエール
「んーっ……」
凝った肩を解そうと、私は両腕を前に伸ばした。
軽く首を回しながら、リビングの壁時計を見上げる。
もうすぐ午後十時半になるところだ。
食事もとらずに、二時間近く没頭していた。
それでも、パソコンに開いたエクセルの表はまったく埋まっていない。
「全然進まない……」
疲弊して、私はテーブルに突っ伏した。
イマイチ能率が悪いのは、八月、夏本番で一段階増した過酷な暑さに、身体がついて行けないせい。
……いや、それだけじゃない。
例えば、こんな時。
いつもの私だったらーー。
「ただいま」
突如声がして、私の心臓がドキッと跳ね上がった。
勢いよく身体を起こすと同時に、リビングのドア口に長身の男性が姿を現した。
夜遅い時間になっても外は暑いようだ。
男らしい精悍な顔に、うっすらと汗が滲んでいる。
焦茶色の前髪は濡れて筋になっていて、「あちー」と呟き、シャツの第一ボタンを外しながら、彼はリビングに入ってきた。
「あ……お、お帰り、陽希」
私は反射的に、椅子から立ち上がって声をかけた。
「ん」
こちらに歩いてきた陽希……塩入陽希が、短く頷く。
彼はハンカチで汗を拭うと、散らかったテーブルに目を遣り、眉尻を下げた。
「また仕事? 張り切るのはわかるけど、あまり根詰めるなよ」
注意する声のトーンは、普段と変わらず穏やかそのもの。
だからこそ、妙な罪悪感がよぎる。
私は、一度口を開いて躊躇して、
「あ、あのね、陽……」
思い切って、呼びかけてみたものの。
「俺、明日も早いから、シャワー浴びて先に寝るな。じゃ」
無情にも、陽希はくるりと踵を返してしまった。
「あ……」
呼び止める間もなく、ドアが閉まる。
二階へと階段を上がる音がして、私は肩を落とした。
『張り切るのはわかるけど、あまり根詰めるなよ』
その言葉に、他意があるとは思わない。
この十年ほどのいつ何時とも変わらず、陽希は私を応援して心配してくれているだけだ。
それなのに、一週間前のあの夜以来、彼の言動の真意を探ってしまう私がいる。
温かい心配りですら、彼を蔑ろにして仕事に励む私を責め、詰っているように思えてしまうほどに。
凝った肩を解そうと、私は両腕を前に伸ばした。
軽く首を回しながら、リビングの壁時計を見上げる。
もうすぐ午後十時半になるところだ。
食事もとらずに、二時間近く没頭していた。
それでも、パソコンに開いたエクセルの表はまったく埋まっていない。
「全然進まない……」
疲弊して、私はテーブルに突っ伏した。
イマイチ能率が悪いのは、八月、夏本番で一段階増した過酷な暑さに、身体がついて行けないせい。
……いや、それだけじゃない。
例えば、こんな時。
いつもの私だったらーー。
「ただいま」
突如声がして、私の心臓がドキッと跳ね上がった。
勢いよく身体を起こすと同時に、リビングのドア口に長身の男性が姿を現した。
夜遅い時間になっても外は暑いようだ。
男らしい精悍な顔に、うっすらと汗が滲んでいる。
焦茶色の前髪は濡れて筋になっていて、「あちー」と呟き、シャツの第一ボタンを外しながら、彼はリビングに入ってきた。
「あ……お、お帰り、陽希」
私は反射的に、椅子から立ち上がって声をかけた。
「ん」
こちらに歩いてきた陽希……塩入陽希が、短く頷く。
彼はハンカチで汗を拭うと、散らかったテーブルに目を遣り、眉尻を下げた。
「また仕事? 張り切るのはわかるけど、あまり根詰めるなよ」
注意する声のトーンは、普段と変わらず穏やかそのもの。
だからこそ、妙な罪悪感がよぎる。
私は、一度口を開いて躊躇して、
「あ、あのね、陽……」
思い切って、呼びかけてみたものの。
「俺、明日も早いから、シャワー浴びて先に寝るな。じゃ」
無情にも、陽希はくるりと踵を返してしまった。
「あ……」
呼び止める間もなく、ドアが閉まる。
二階へと階段を上がる音がして、私は肩を落とした。
『張り切るのはわかるけど、あまり根詰めるなよ』
その言葉に、他意があるとは思わない。
この十年ほどのいつ何時とも変わらず、陽希は私を応援して心配してくれているだけだ。
それなのに、一週間前のあの夜以来、彼の言動の真意を探ってしまう私がいる。
温かい心配りですら、彼を蔑ろにして仕事に励む私を責め、詰っているように思えてしまうほどに。