八咫烏ファイル
第五章:日本の黒幕
第五章:日本の黒幕


【宮内庁・内大臣官房(ないだいじんかんぼう) 祭祀調査室(さいしちょうさしつ)】
宮内庁内大臣官房。
かつて近代日本の政治の頂点に君臨した内大臣。その名を冠するこの部署はしかし宮内庁の公式な組織図には存在しない。
国家の安寧を脅かす通常では対処不可能な祭祀的あるいは霊的な脅威。
それらを人知れず処理するために神話の時代から存在する日本の本当の心臓部。
それがこの祭祀調査室だ。
そしてこの部屋の主となるのはただ一つの血筋のみと決まっている。
神武天皇の道案内を務めた八咫烏の末裔。
天皇を影から護り続けることを宿命づけられた日向一族。
その当主が代々この部屋の主となる。
部屋の中はまるで時が止まったかのようだった。
洋風の庁舎とは全く不釣り合いな静謐な和の空間。
壁には古い水墨画の掛け軸。部屋の隅には千年物の神代杉で作られた文机が一つ。
その文机の前に一人の男が座っていた。
男は上質な黒の和装に身を包み目を閉じている。ただ静かに瞑想している。
日向 観世(ひゅうが かんぜ)。
現、日向一族が長にして祭祀調査室室長。
コンコン。
静寂を破り扉をノックする音がした。
「入れ」
観世は目を開けないまま静かに告げた。
入ってきたのはあのアークス・リアルティの専務霧島だった。彼はこの部屋ではただの忠実な部下の一人に過ぎない。
「日向様。先日の調査報告書でございます」
霧島は深々と頭を下げ一通の分厚いファイルを文机の上に差し出した。
「うむ……」
観世はゆっくりと目を開けるとそのファイルに一通り目を通す。
そして報告書の最後のページ。
そこに記された『夜探偵事務所』というその文字を見て初めてその能面のような表情にかすかな笑みを浮かべた。
「……なんという奇遇な」
観世は面白そうに呟いた。
「何か?」
「いやいや問題ない」
観世はファイルを閉じると霧島に告げる。
「ご苦労だったな霧島君。君はもう通常の業務に戻ってくれたまえ」
「はっ。失礼いたします」
霧島が音もなく部屋を出て行く。
その気配が完全に消えたのを見て観世は文机の上に置かれた黒電話の受話器を静かに上げた。
ダイヤルを回す音はしない。
「……宮内庁の日向だが」
その声は静かだったが有無を言わさぬ響きを持っていた。
「警視総監に繋いで欲しい」
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