八咫烏ファイル
第八章:神勅(しんちょく)
第八章:神勅(しんちょく)
【ロイヤル街道・地下会議室】
正面の壁一面を埋め尽くす巨大なモニター
そこには漆黒の中に金色の縁取りがされた三本足の烏の紋章が静かに映し出されていた
巨大な円卓の真ん中
モニターを正面に見据えるその席に日向 観世が座っている
円卓の右 山本 夜
円卓の左 滝沢 大和
これが神勅組織八咫烏の現在の最高戦力だった
観世が静かに口を開く
「我らは天皇と日本を護る三本足の烏」
「故に我らの中に上下関係は無い」
「それぞれが独立した一つの力だ」
「しかし我らこそがこの国の最高権力であることもまた事実」
観世はそこで一度言葉を切り二人の顔を順番に見た
「さて。八咫烏の今回の議題だが……」
「滝沢君と山本君。君たちの直近の仕事で存じておると思うが中国マフィアCTのことだ」
「調査の結果奴らは単なるマフィアではないことが分かった」
滝沢と夜の視線が同時に鋭くなる
「まずはこれを見てくれたまえ」
観世がそう言うと壁のモニターが足立区周辺の航空写真に切り替わった
「これは足立区周辺の地図なんだが」
モニターの航空写真に不気味なピンク色のエリアが表示される
「このピンク色の部分。これがCTがここ数ヶ月で凄まじい勢いで土地買収を進めたエリアだ」
「連中は買収した土地に本国の人間を大量に移住させ日本の法律が及ばない自治区を作る。そしてそこを拠点に日本の内側から事実上の乗取りをするつもりだ」
「この事実を最初に突き止めてくれたのは山本君。君だ」
夜は何も答えない
ただモニターを見つめるその瞳がわずかに細められた
自分の解決したはずの事件が氷山の一角でしかなかったことを彼女は悟っていた
「次にこれだ」
モニターが切り替わる
そこに映し出されたのは横浜中華街浜崎組事務所の凄惨な襲撃の映像だった
「横浜の裏社会は地元のヤクザと古い華僑マフィアとの絶妙なバランスで成り立っていた」
「だがCTはその古いマフィアを掌握しさらには地元ヤクザをも完全に排除しにかかっておる」
「そこへ滝沢君。君の『仕事』でCTのボスが入れ替わった。結果奴らの動きはより過激にそして暴力的になった」
「この問題は今後間違いなく激化する」
滝沢は表情一つ変えない
だがその指がテーブルの上をトントンと苛立たしげに叩いていた
自分の完璧な仕事が結果として最悪の事態を招いた
その皮肉を彼は噛み締めていた
「そして一番の問題がこれだ」
モニターが再び切り替わる
そこに映し出されたのはアメリカの街角でまるでゾンビのようにさまよう人々の映像
「二人とも知っておるな。今アメリカを蝕んでいる新型麻薬フェンタニルの中毒者たちだ」
観世の声が一段と低くなる
「CTはこのフェンタニルの材料を二つに分け製造し横浜港から片方はカナダへ。もう片方はメキシコへ輸出しておる」
「そして現地でその二つを調合させ完成したフェンタニルをアメリカに流している」
ここで初めて夜と滝沢の視線が一瞬だけ交差した
ただの土地問題やヤクザの抗争ではない
これは国家間の戦争なのだと二人は同時に理解した
「すでにアメリカ政府はこのルートを突き止め日本政府に強烈な圧力をかけてきている」
「材料を分けているため税関をすり抜けているがそれも時間の問題だ」
「これら全ての点を踏まえろ」
「CTは多方面から日本という国家の転覆を狙っておる」
「そしてこれは中国政府がCTを使い仕掛けている戦争であると見て間違いない」
「奴らは表向き日本有事など起こせん。だからアメリカからの信用を失墜させ国内を内側から腐らせる」
「そして日本が弱りきったその時を見て本格的な有事に踏み込むつもりだ」
観世はそこで言葉を切った
部屋には重い重い沈黙が落ちていた
国の存亡を懸けた戦い
その指令が今下されようとしていた