「物語の最後に、君がいた」
第15話 未来のことを、話してみようか
川沿いのベンチに並んで座りながら、澪はそっと空を見上げた。
夏の終わりを知らせるように、空は高くて澄んでいる。
遠くで子どもたちの笑い声がして、風が草を揺らしていった。
悠真がとなりで静かに言う。
「……進路、どうするの?」
「うん……」
ぽつんと返した澪の声は、風にまぎれてしまいそうだった。
だけどその声には、ほんの少しだけ、“逃げない決意”がにじんでいた。
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「澪は、福岡に来るって……本気で考えてる?」
悠真の問いかけに、澪はうなずいた。
「うん。本気。……怖いけど」
「怖い?」
「家を出ることも、親と縁を切ることも……
ほんとは、全部、怖い。
でもね、ここに来て、悠真に会って、
生きてるって感じる時間があったから……
このまま終わらせたくないって、思ったの」
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澪は、そっと胸元を押さえた。
「わたし、最初は、ここに“死にに”来たんだよ。
本の世界が唯一の居場所だったから。
でも今は、この町で生きたいと思ってる。
この現実の中で、自分の足で歩いてみたいって」
悠真は静かに頷いた。
「……それなら、俺、できる限り力になるよ。
一緒に大学探したり、住む場所とか、手続きとかも。
澪がここに“残る”ために、できること、全部する」
「ありがとう……」
言葉にならない感情が、胸の奥でゆっくりと膨らんでいった。
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ふたりは駅までの帰り道を歩きながら、将来の話をした。
大学で学びたいこと。
アルバイトでやってみたいこと。
行ってみたい町、読みたい本、書いてみたい物語のこと。
それは、これまで澪が避けてきた“未来”の話だった。
だけど今は、それが少しだけ楽しみだった。
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> 「生きたいと思える未来が、
誰かと話すことで、現実になる気がした」
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夜、ひとりになった澪は、久しぶりに母からの着信を見た。
けれどもう、怯えるような気持ちはなかった。
画面を静かに閉じて、澪は窓を開けた。
夜風がやさしく髪を揺らす。
見上げた空には、ちいさな星がまたたいていた。
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“わたしは、わたしの物語を、自分で書いていく。
その最後に、悠真がいる未来を信じて──”