ふたりで唄うラブソング

第二章


【第二章】

〇大学の敷地(昼)
理央「ソノ子さん?」
びっくりして思考停止になり、固まる想乃。
理央「ソノ子さん、ぼーっとしてるけど大丈夫ですか? ソノ子さ――んぐ」
はっと我に帰り、慌てて理央の口を両手で塞ぎ、小声で訴えかける。
想乃「ちょ、ちょっ、その名前で呼ぶのはやめてください……!」
きょろきょろ辺りを見渡すと、ふたりの横を、他の学生たちが次々に通り過ぎていく。
女子学生1「ねえあの人、三好理央じゃない?」
女子学生2「ほんとだ、やば! うちの大学通ってるって噂、マジだったんだ」
理央は自分が注目されていることき気づく。
理央「ここじゃ目立つから、移動しましょう」

〇大学の空き教室(昼)
机に頬杖をつき、不敵に口角を上げる理央。
理央「大学生だったんだ。すごいしっかりしてたから社会人だと思ってたわ」
理央「あ、タメ口で大丈夫?」
想乃「は、はいもちろん。先輩ですし」
想乃「…………」
想乃「三好さんこそ、大学生……なんですか?」
理央「そう。今は六年目」
想乃「六年目」
想乃(うちの大学は四年制だけど)
爽やかスマイルの理央「アイドルも留年もプロだからさ」
想乃(そんな自慢げに言うことでもないような)
想乃(でも顔がいい)
想乃モノローグ[アイドルの仕事が忙しくて、単位が足りず留年してしまっているらしい]
理央「メンバーにもいじられてるよ。笑ってくれていいから」
想乃「笑いませんよ。大卒にこだわらなくても十分活躍してるのに、卒業するまで頑張ろうって思えるのがすごいです」
理央は意外そうな顔をする。
笑顔の理央「はは、そんなこと言われたの初めてだわ。そうだな、頑張る」
理央「てかさ、音楽系の大学じゃないんだ?」
想乃「あ、ああ……はい。音大は私の実力じゃちょっと」
理央「ふうん、ソノ子さんも実力あると思うけどね?」
想乃「そんなことは……」
想乃「あと、人のいるところでソノ子って呼ぶのは控えていただけますか? 私、活動のことを隠してて」
理央「そうだったんだ? でも俺、ソノ子さんの本名知らないんだけど。教えてくれる?」
想乃「早川想乃です」
理央「じゃー、想乃」
想乃「は、はい」
理央の手の甲に痣ができているのを見つけ、はっとする想乃。
想乃「これ、もしかして昨日私を庇ったときのですか?」
理央「ああ、うん」
想乃「すみません」
理央「いいよいいよ。無理やりダンス誘ったの俺だし」
想乃「私、湿布持ってきてて。使いますか?」
不敵に微笑む理央「じゃー貼ってくれる?」
想乃「……! わ、分かりました」
鞄からポーチを出し、湿布の保護フィルムをぺり……と剥がす。理央の手に貼る。
理央「湿布持ち歩くなんて、几帳面だね?」
想乃「下を向いて作業することが多いので、よく首が凝るんです」
理央「そっか」
理央は手の甲に貼られた湿布を観察し、「ありがと」と礼を言う。
理央「そうだ、想乃に作曲の進捗聞いてほしいんだけど」
想乃「はい、もちろんです」
理央は机にパソコンを広げ、想乃にイヤホンの片方を渡す。もう片方を自分の耳につけ……カタ、とパソコンのキーボードのエンターキーを押し、作った曲を再生する。
曲を聴き終わった想乃は目を見開く。
想乃「うわぁ〜すごい! メロディーも作ったんですか?」
理央「まだサビだけだけどね」
想乃「コードもメロディーも、シティポップらしさもありつつ、最近のトレンドも抑えてて最高です! 本当に未経験ですか……!? もう一回聞こ……」
想乃「わ、ほんとにいいな、この曲」
想乃はわくわくした表情で、何度も再生する。すると理央は、「ふっ」と小さく笑った。何がおかしいのかと不思議に思いながら、理央の方を向く想乃。
想乃「どうかしましたか?」
理央「いや、嬉しいなと思って。どんな反応されるか昨日から緊張してたからさ。でも早く聞かせたくもあって」
想乃「それ分かります。私もいつも、早くみんなの反応見たいけどどきどきしてお腹痛い〜っていうゾーン入るので」
お腹を両手で抑えて痛そうな顔と仕草をする想乃を、理央は微笑ましそうに見つめる。
教室の扉の前。
理央「じゃあ、また。ソノ子さん?」
想乃「だから学校でその呼び方は……っ」
部屋を出て行く理央。扉が閉まったあと、想乃は肩を竦めた。

〇食堂(昼)
想乃は瑠莉香と向かい合いながら、昼食を食べる。瑠莉香が定食の焼き魚を箸で口に運びなら言う。
瑠莉香「あれ? 知らなかったの? 三好くんうちの大学なの有名じゃん」
想乃「全然知らなかった」
瑠莉香「生で見れてラッキーだったじゃん? 仕事忙しくてほとんど学校来てないみたいだから」
想乃「はは、そうだね」
想乃(仕事で会ってますとは言えない……)

〇街の楽器屋(昼)
ピアノの楽譜が並ぶ棚の前で、想乃はスマホをいじる。
先日投稿した曲のいいね♡数は、125件。あまり増えていなかった。
想乃(今回はあんまり反応よくないな。何が足りなかったんだろ)
想乃モノローグ[どの曲もたくさんの人に届けるつもりで全力で作ってるから]
がっかり肩を落とす想乃モノローグ[反応が少ないとかなり凹む]
そのとき、後ろから声をかけられる。
紗彩「あれ? 想乃?」
はっとして振り向くと、幼馴染の女子大生が立っていた。
白石紗彩(しらいしさあや):想乃の幼馴染で、おっとりした雰囲気の女子大生。20歳、身長159cm。緩く巻いたベージュ系のロングヘアをハーフアップにしていて、育ちが良さそうな雰囲気。タレ目がちなクリっとした目。
想乃モノローグ[幼馴染の紗彩は、ずっと同じピアノ教室に通っていた]
想乃モノローグ[私は一度も入賞できなかったコンクールで、紗彩はいつも優勝していた]
紗彩「あ〜やぁっぱり想乃だ! 何見てたの?」
紗彩がスマホを覗き込んできたので、想乃は慌てて電源を切る。
想乃「あ、いや……なんでも。紗彩、何しにここに?」
紗彩「今度の課題の楽譜買いに来た〜。次から次に新しい曲練習しなきゃでさ」
想乃モノローグ[紗彩は、日本最高峰と言われる音大のピアノ科に通っている]
想乃「大変だよね、音大は」
紗彩は頬に手を添え、困ったように眉をひそめる。
紗彩「ほんっっっとに大変! 忙しいしさ〜。いいなぁ想乃は。文系は暇で遊びまくれるって友達に聞いたよ。ほんと羨ましい……」
想乃(まるで私が、楽してるみたいな言い方)
紗彩「私さぁ、なんとなく記念受験の気持ちで受けたらなんかまぐれで受かっちゃってさ。全然頑張ってなかったのにどうして私合格したんだろって、家族も私も未だにびっくりしてる~!」
困ったような表情を浮かべる想乃「まぐれじゃなくて、紗彩に実力があったからだよ。本当にすごいことだよ」
紗彩「あははっ、よく言われるんだけど私、才能あるとか全然思ってないし。むしろ、想乃がずっと羨ましかったくらいで。私よりずーっと努力してたでしょ? あんなに努力できる才能、私にはないからさ」
想乃「…………」
にこりと微笑む想乃「私は、努力はできても結果は思うように出せなかったし、紗彩みたいな才能が羨ましいよ」
紗彩「え〜嬉しい! 全然分けるよ〜なんて」
紗彩「で、このお店にいるってことは、まだ音楽やってたんだ?」
想乃「まぁ、ちょっとだけ。趣味だけどね」
手を合わせて感激する紗彩。
紗彩「え〜すごい。私なんてプライベートでまで音楽やろうなんて全然思わないのに。なになに、バンドとか?」
想乃「まぁ、そんな感じかな」
紗彩「へぇ、頑張ってね! 今度さ、映画撮影の協力でピアノ弾くことになったんだけど、公開されたら連絡する!」
想乃「すごいね……分かった。じゃあね」
紗彩に手を振り、彼女の後ろ姿を見下ろしながら暗い表情になる想乃。
想乃(どんなに頑張っても紗彩には追いつけなかった)
想乃(所詮は趣味程度。たくさんの才能が次から次へと生まれてくる世界で、私の曲は明日には埋もれてしまうかもしれない)
想乃(私なんてやっぱり、だめなのかな)
スマホをぎゅっと握り締めて立ち尽くす。

○街道(夕方)
楽器屋の外に出て歩いていると、突然ザーッと雨が降り出してきた。
想乃(どうしよ)
想乃(傘持ってきてない)
視線を落とし、トートバッグの中の楽譜を見る。買いたての楽譜を死守すべく、抱き抱える。
想乃(ここは走るしか……!)
ビル街を想乃が走り抜けていく。

○事務所のエントランス(夜)
楽譜を確認して、ほっと息をつく想乃。
想乃(どうにか楽譜は死守したけど)
びしょ濡れで半眼を浮かべる想乃(最悪)
楽譜をトートバッグにしまい、ぽたぽたと水滴を髪から滴り落としながら、カウンターの女性に話しかける。
想乃「すみません。20時に約束していた三好理央さんの作曲協力の件ででうかがいました。ソノ子と申します」
スタッフ「はい、お待ちしておりました」
スタッフは床まで水滴でびしょ濡れにする想乃を見つめて。
スタッフ「あの……もしよろしければ、シャワールームをお使いになりますか? お着替えとタオルもご用意できますので」
想乃「いいんですか? すみません、ありがたいです」
スタッフ「いえ、ご案内いたしますね」

○事務所のシャワールーム(夜)
スタッフ「こちらの部屋になります。タオルが置いてあるのでご自由に使ってください。お着替えはスタッフ用のスウェット上下をどうぞ」
感激する想乃「何から何まで親切にありがとうございます……!」
にっこりと微笑むスタッフ「いえいえ、とんでもないです。スウェットはまた後日ここにいらした際に、受け付けに返していただければ結構ですので」
想乃「分かりました」
スタッフ「では失礼しますね」
想乃(神様……!)
シャワールームに入り、棚にバスタオルや普通のタオルが収まっているのを見つける。
想乃(あった)
手を伸ばすが、なかなか手が届かない。
想乃(届かない……)
思い切り手を伸ばして背伸びをし、ぷるぷると震える。
想乃(あと、ちょっと……)
すると、想乃の後方からするりと太い腕が伸びて、代わりにタオルを取る。
振り返ると、半裸の理央が立っていた。身体はしっとりと湿っていて、タオルで髪を拭いている。
理央はこちらにタオルを差し出した。
理央「はい」
引き:想乃(きゃぁぁぁっ!?)
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