深緑の花婿

新妻、帰郷する(上)

 年末まであと数十日の、冬の中頃。
 建比古(たけひこ)とコノハが薬畑山(やくはたさん)に向かう日、彼らは早めの昼食を取った。
 その後、建比古たちは、太陽が南中する頃に皇宮(こうぐう)を出発した。皇宮から近くの駅家(えきか)までは徒歩で向かうようだ。


 塞院(さいいん)の中心地に着くと、建比古とコノハは駅馬(えきば)に乗り、実野谷(みのや)の地を目指すことになる。建比古は職業柄、馬の扱いに慣れている故、一人で馬を乗りこなしているようだ。
 一方のコノハは、雪麻呂(ゆきまろ)の屋敷で数回乗せてもらった経験しか無いため、(たくま)しそうな男性の駅使(えきし)が歩いて馬を先導することになった。

 建比古たちの後ろには、皇宮の御者(ぎょしゃ)たちが巨大で頑丈(がんじょう)な荷車を引く馬を操っている。軽い荷物は、何十人もの使用人が背負って運んでいるようだ。


 朝からだいぶ寒かったが、雪が降ることは無かった。寒空の下、大王家(おおきみけ)の行列は順調に前へ進んでいる。
 塞院を抜けて、江羽里(えわり)の地まで来ると、あっという間に夕方になっていた。それで、建比古たちは塞院との境の(そば)にある、江羽里の駅家に一泊することになった。



 翌朝、江羽里の駅家で朝食を取った後、建比古たち一行は再び目的地に向かうことになる。
 低い山を通り、いくつかの橋も渡るようだ。激しい傾斜ではないが、上り下りが多い道を進んでいく。

 時より冷たい風が吹いているが、今日も昨日と同様に晴れている。
 急な悪天候で、どこかで足止めにならなければ、今日の夕方頃には薬畑山の中腹まで行くことができるらしい。

 建比古たち一行は江羽里の山を抜けると、再びなだらかな平地を進んでいく。
 小さな集落と集落の間には、稲が刈り取られて寂しい雰囲気の棚田が見えた。薄っすらと雪が積もっている棚田もあるようだった。


 江羽里を越して、実野谷の地に入ったのは太陽が南中する直前の頃。
 徐々に暖かくなる時間帯だが、たまに太陽が隠れてしまうような標高が高い山道が続いている故、一行は暖かい空気を感じることはできなかった。

 思わず「寒いっ!」と独り言を言う者も居たが、雪が多い場所に慣れているコノハは平気そうだ。とはいえ、馬に揺られながら、彼女は全く別のことを考えていた。

(ホント今さらだ……。ちゃんと好機を(つか)んで、自分の気持ちを伝えないとな)


 駅家で食事を取った時、コノハは他の人々より食べるのが遅かった。彼女は猫舌なので、熱々の料理を食べるのに何度も苦戦していた。

 建比古はコノハの食べる姿を、自然体の穏やかな顔で何度か見たようだ。コノハが食べるのが遅いのを謝っていたことに対して、「まー、気にすんな」と微笑んで言っていた。
 建比古のちょっとした気遣(きづか)いのおかげで、コノハは平常心を取り戻し、じんわりと温かい気持ちになったのだ。

(これから安心してもらえるよう、しっかり意思表明しないと! 建比古さまと『両想い』だって、ちゃんと話さなきゃっ!!)

 コノハは後方から建比古の背中を見つめながら、強く自分に言い聞かせたのだった。



 ようやく建比古たち一行は、昼過ぎに薬畑山の(ふもと)に着いた。実野谷の駅家では遅めの昼食を取り、皆々ひと休憩をしたようだ。
 コノハの故郷まで、あともう少しだ。


 薬畑山の麓からは険しい道が続くようで、そこからは徒歩で行かなければならない。馬には頼れないため、最低限の荷物を背負いながら、一行は山を登ることになる。

 何度も迂回(うかい)し、ほとんど舗装されていない道を進んでいく。
 森の木々をよく見ると、枝や葉に(しも)が降りている。夜に近づくにつれて辺りは寒くなっていくせいか、一行は無意識に早足になっているようだ。
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