深緑の花婿

忙しい日々

 建比古(たけひこ)とコノハの婚姻(こんいん)が決まった後、二人の周辺は徐々に(あわ)ただしくなってきたようだ。

 建比古がコノハに求婚した日のうちに、皇宮(こうぐう)に居る近親者や友人に、建比古はコノハと共に婚姻の報告をしたのだった。
 まず、業務の合間に早急で、建比古の両親である伶明(れいめい)天皇と皇后に、婚姻の挨拶(あいさつ)をしに行った。その後には弟の篤比古(あつひこ)に、もちろん彼と親しい従者の白人(しろと)と妻の彩女(あやめ)にも、きちんと詳しい事情を伝えた。

 また、近いうちに、建比古はコノハと共に彼女の両親に会うことになった。雪が積もる時期が来る前に、コノハの故郷である薬畑山(やくはたさん)の村に訪れる予定を立てたようだ。


 それから数日後には、建比古……と言うより大王家(おおきみけ)が住んでいる土地の者で、大王家の親戚(しんせき)にあたる豪族たちが、建比古とコノハに直接祝いの挨拶に来るようになった。塞院(さいいん)に住んでいる豪族の大半は、皇宮の近辺で官僚として働いているそうだ。
 休みの日には、コノハは慣れない重い朝服(ちょうふく)を着て、建比古の横で、繰り返し塞院の者たちに礼儀正しく応じたのだった。

 ちなみに、戸籍(こせき)を専門に扱う治部省(ちぶしょう)で、木簡(もっかん)に必要な情報を書いてもらった後、ようやく正式な婚姻になるらしい。



 婚姻の報告や挨拶等がひと通り終えると、冬らしい寒さが()みるような日が続くようになった。
 建比古の計らいで、コノハは仕事と親戚付き合いの疲れを取るための連休を(もら)ったようだ。それと、婚姻の準備に必要になるだろうからと、早めに初めての給料を頂けることになった。

 休みの日、部屋で昼食を食べる前に、コノハは彩女から直接給料を手渡しされた。仕事用の衛士服(えじふく)くらい丈夫な綿の袋の中に、どちらもぎっしりと銅貨が詰まっていた。

「自分の部屋にある金庫にしまってもいいし。……もし預金したかったら、皇宮の大金庫も借りられるから、また言ってね」

 コノハはいつも通りの明るい返事をしたが、手持ちの銅貨の重さにかなり圧倒されたようだった。

(薬畑山で働いていた時より、十倍以上の給料やんっ!? これなら、お父ちゃんにもお母ちゃんにも、送る用の絹の寝巻き、すぐに買えるなっ!)

 皇宮から支給された絹製の寝巻きをコノハは気に入っていたので、上記のように思ったのである。
 どこで寝巻きを購入できるかを、彩女に後日聞こうと考えた後、コノハはひとまず給料を自室の金庫の中に入れた。


 食台の前でコノハたちが昼食を食べ終わった時、部屋に誰かが入って来た。

「改めまして……コノハさん、結婚おめでとうっ!!」

 シマを抱っこしながら、篤比古がコノハの近くに行った。シマは嫌がらずに、大人しく建比古の腕の中に居るようだ。
 昼食の膳を移動させる前に、コノハは立ち上がって、篤比古にお辞儀(じぎ)をした。

「……あ、ありがとうございますっ、篤比古さま」

「それにしても、今回の兄さんは予想外過ぎたよっ! 武術馬鹿の仕事人間な上に、老け顔で威圧感ものすごくて、たまに若い女官の子たちが遠巻きに見惚(みと)れているのにも、一度も気付いたこと無いくらい激鈍だから、全く『結婚』には興味無い、って思ってたし~」

 控えめで誠実そうな篤比古の別の一面を知り、成人したとはいえ無邪気さもあるのだな……、とコノハは感じたのだった。
 一方で、いつも穏やかな白人は深く()め息をついた後、珍しく(しぶ)い顔になっていた。

「篤比古様……。今のは、流石にちょっと言い過ぎですよ?」

「……おっと、ゴメンナサイ……」

 白人はやんわりと篤比古を(たしな)めると、今度は微笑みながらコノハの方に顔を向けた。

「まあ、建比古様がそこまで考えていたのには、俺も分からなかったな……。確かに時々、衝動的に動かれてところはあるけど、皇太子候補として()まれに揉まれた分、本当に強くて優しい御方だよ。
 ……だから、きっと君も好いてくれたんだよね?」

「……はい」

 皇宮内でイザコザがあったというのは、コノハも容易に想像できた。実野谷(みのや)でも、一族の激しい権力争いがあったのを、彼女は知っているからだ。

 それに、まだ確証は無いが、コノハは建比古のことを想っている、という自覚は少しだけあった。数日前に建比古から求婚されて、承諾した後に抱き締められたことをコノハはふと思い出したようだ。

(抱き締められた時はもちろん恥ずかしさも感じたけど、()()()()()()()ちょこっとあったから、たぶんわたし……建比古さまのこと、好きなんだろーな……)


 ……と、突然、篤比古に抱えられたシマが「ニャー、ニャーッ!」と大声で鳴いた。手足をもぞもぞと動かしているので、床に降りたいようだ。篤比古がシマを床に放すと、再び大きな鳴き声を出した。

「はいは~い、ゴハンが欲しいんだね?」

 そう言うと、篤比古は戸棚から魚のアラが入った器を出した。昼食の膳を運んだ女官が、シマの昼食も持ってきたらしい。


(でも……、兄さんが自分の『幸せ』に目を向けられたことで、皇太子になった僕に対する()()()()()を吹っ切れたのなら、本当に良かった……) 

 篤比古が心中で(つぶや)いたことの詳細、かつ真意についてコノハが知るのは、もう少し先の話になる。
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