深緑の花婿
新たな業務
薬畑山から建比古とコノハが皇宮に戻ってきた翌日、治部省から正式な婚姻が認められた、との連絡があった。
これで、法律的に建比古とコノハは、晴れて夫婦となった。
皇国では最近、雪がちらちらと降る日もあり、本格的な冬を迎えていた。
都から離れた地方では、大雪になる地域もある。以前コノハが住んでいた薬畑山は豪雪地帯で、非常に寒いらしい。
一方で、塞院は浅沓が埋まる程の積雪はめったに無いので、塞院の人々は雪かきに追われることは無い。皇国の中では温かい土地である。
塞院の地、黄央の都では薄っすらと雪が積もる頃には、新年を迎えていた。
豪族も庶民も親族で集まって、互いに新年の挨拶をする風習を終えた後、大王家の従者だけでなく、一員にもなったコノハは、業務が徐々に増えていった。
まずは、彩女の事務作業の手伝いをすることになった。数日置きに、コノハは宮内省等から書類を後宮の事務室まで運ぶことを依頼された。
また、仕事で篤比古と接することが多くなった。自主勉強用の書物を探す業務以外に、篤比古専用の食事の膳を運んだり、一緒に廃材でシマ用の猫じゃらしも作ったこともあった。
コノハの業務の合間には、篤比古から大王家を支えている豪族、塞院の一族と党賀《とうが》の一族について、篤比古は詳しくコノハに話してくれた。このことは白人が提案したらしく、篤比古は快く引き受けたそうだ。
「僕には、塞院出身の許嫁が居るんだ。二つ下の幼馴染で、花媛っていう名前だよ」
花媛の一家は、大王家とは遠い親戚である。彼女の父親は民部省の上級官吏で、税の徴収や田畑等の管理に関する仕事をしているそうだ。
篤比古は紙の上に墨汁を付けた筆で簡単な地図を書きながら、丁寧にゆっくりとコノハに説明をしているようだ。
「塞院の隣で、ココからは南東の方角にある広~いとこが、党賀になるよ。彩女さんの出身地でもある。優秀な武人が多く居るって言われているけど、コノハさんも知っているかな?」
「はい、雪麻呂さまからお聞きしたことがあります」
武術に長けている人々が多い理由は、党賀は砂鉄が非常に豊富な土地に関係している。もちろん、武具を作る製鉄所も多い。
前代の国司の時代までは、党賀では川や砂鉄の採掘が独占されていたそうだ。そのため、近隣の豪族たちは党賀の独占状態に反発し、砂鉄を狙って領土を広げようと、繰り返し党賀に攻め込むことがあった。
だが、現在はできるだけ平等に砂鉄が採掘できるように、党賀は近隣の地に住む豪族たちに領土を分け与えて、和解したそうだ。
上記の話を篤比古からひと通り聞くと、コノハは地図を書いた紙を受け取った。
コノハは休憩時間に自室に戻ると、忘れないうちに部屋の壁に貼ったようだ。
(文字読めないし、ベンキョーも苦手やけど、大王家の一員になったのなら、ちゃんと覚えておかないとっ!)
それから一つ、コノハにとって嬉しい出来事が起きた。いつもの大部屋で夕食を済ませた後、コノハは彩女から結婚祝いの贈り物を渡されたのだ。
「ほんの気持ちだけど……。使ってくれると嬉しいわ」
「わっ、嬉しいですっ!! 本当にありがとうございますっ!」
コノハへの贈り物は、女性らしい色の美しい結紐だった。結紐は、華やかな牡丹色と清楚な卯の花色の糸で作られているようだ。
普段なかなか身に付けない色の物であったが、コノハは非常に感激した。
白人は浴場に、彩女は厠に行っている間、コノハはまったりと白湯を飲んでいた。
その時、出入り口の戸からカリカリ……と音が聞こえてきた。コノハは気になって、出入り口の戸に近づくと、「ニャーッ!」と猫の鳴き声がした。雌猫かと勘違いしそうな高くて可愛らしい声は、多分シマだろう。
コノハが出入り口の戸を開けようとした時、外側から誰かが戸を開けた。それは建比古だった。
「コイツが中に入るついでに、俺も入るぞ。ああ……、お前に話したいことがあるが、少しいいか?」
「はい。あっ……、座りませんか?」
建比古とコノハが部屋の出入り口付近に居る間に、シマは駆け足で白人たちの寝室の方に行った。
と……、コノハと一緒に建比古は食台の傍まで来た後、建比古は眉間に皺を寄せて、少し険しい顔になっていた。
コノハも建比古の表情の変化にすぐに気が付いたようだ。
「この結紐……、男から貰ったものかっ??」
建比古は食台の上に置いてあった結紐を凝視しながら、片手を角に乗せた。建比古が明らかに動揺しているのが、コノハにも分かった。
「……いえ、彩女さんから結婚祝いに頂いた物ですよ」
「何だ、彩女だったか。なら、良かった……」
建比古は食台の前に座ると、「ああぁ~、うっとおしい……」と呟きながら、突然左目の眼帯を取り、食台の上に置いた。
コノハを見つめる建比古の左眼は、灰色に近い青系の不思議な色をしていた。
「ああ話とゆーのは、明日からは、俺と一緒に夕飯を食べてくれないか? これは指示ではなく、俺の希望だ。食膳は、俺の執務室まで女官が持ってくれる。夫婦だし、二人きりで話せる時間が欲しくてな。……いいか??」
お互いに知らないことも、まだまだ多い。新婚とはいえ、恋人のように建比古が自分と距離を縮めようとしてくれていることに、とても嬉しかった。
コノハは「はい……」と小さく返事をして、はにかみながら建比古の顔を見た。
「ありがとうな」
すると、建比古は座ったままコノハの片腕を掴むと、少しずれて自分の上にコノハを座らせたようだ。建比古は両腕でコノハの上半身を包んだ後、コノハの顔に自分の頬をくっつけた。
「た、建比古さまっ!! ちょ――」
「夫の俺よりも篤比古が、お前と一緒に居る時間が圧倒的に多いってのが、ホント腑に落ちねー……。今だけは許してくれ」
これで、法律的に建比古とコノハは、晴れて夫婦となった。
皇国では最近、雪がちらちらと降る日もあり、本格的な冬を迎えていた。
都から離れた地方では、大雪になる地域もある。以前コノハが住んでいた薬畑山は豪雪地帯で、非常に寒いらしい。
一方で、塞院は浅沓が埋まる程の積雪はめったに無いので、塞院の人々は雪かきに追われることは無い。皇国の中では温かい土地である。
塞院の地、黄央の都では薄っすらと雪が積もる頃には、新年を迎えていた。
豪族も庶民も親族で集まって、互いに新年の挨拶をする風習を終えた後、大王家の従者だけでなく、一員にもなったコノハは、業務が徐々に増えていった。
まずは、彩女の事務作業の手伝いをすることになった。数日置きに、コノハは宮内省等から書類を後宮の事務室まで運ぶことを依頼された。
また、仕事で篤比古と接することが多くなった。自主勉強用の書物を探す業務以外に、篤比古専用の食事の膳を運んだり、一緒に廃材でシマ用の猫じゃらしも作ったこともあった。
コノハの業務の合間には、篤比古から大王家を支えている豪族、塞院の一族と党賀《とうが》の一族について、篤比古は詳しくコノハに話してくれた。このことは白人が提案したらしく、篤比古は快く引き受けたそうだ。
「僕には、塞院出身の許嫁が居るんだ。二つ下の幼馴染で、花媛っていう名前だよ」
花媛の一家は、大王家とは遠い親戚である。彼女の父親は民部省の上級官吏で、税の徴収や田畑等の管理に関する仕事をしているそうだ。
篤比古は紙の上に墨汁を付けた筆で簡単な地図を書きながら、丁寧にゆっくりとコノハに説明をしているようだ。
「塞院の隣で、ココからは南東の方角にある広~いとこが、党賀になるよ。彩女さんの出身地でもある。優秀な武人が多く居るって言われているけど、コノハさんも知っているかな?」
「はい、雪麻呂さまからお聞きしたことがあります」
武術に長けている人々が多い理由は、党賀は砂鉄が非常に豊富な土地に関係している。もちろん、武具を作る製鉄所も多い。
前代の国司の時代までは、党賀では川や砂鉄の採掘が独占されていたそうだ。そのため、近隣の豪族たちは党賀の独占状態に反発し、砂鉄を狙って領土を広げようと、繰り返し党賀に攻め込むことがあった。
だが、現在はできるだけ平等に砂鉄が採掘できるように、党賀は近隣の地に住む豪族たちに領土を分け与えて、和解したそうだ。
上記の話を篤比古からひと通り聞くと、コノハは地図を書いた紙を受け取った。
コノハは休憩時間に自室に戻ると、忘れないうちに部屋の壁に貼ったようだ。
(文字読めないし、ベンキョーも苦手やけど、大王家の一員になったのなら、ちゃんと覚えておかないとっ!)
それから一つ、コノハにとって嬉しい出来事が起きた。いつもの大部屋で夕食を済ませた後、コノハは彩女から結婚祝いの贈り物を渡されたのだ。
「ほんの気持ちだけど……。使ってくれると嬉しいわ」
「わっ、嬉しいですっ!! 本当にありがとうございますっ!」
コノハへの贈り物は、女性らしい色の美しい結紐だった。結紐は、華やかな牡丹色と清楚な卯の花色の糸で作られているようだ。
普段なかなか身に付けない色の物であったが、コノハは非常に感激した。
白人は浴場に、彩女は厠に行っている間、コノハはまったりと白湯を飲んでいた。
その時、出入り口の戸からカリカリ……と音が聞こえてきた。コノハは気になって、出入り口の戸に近づくと、「ニャーッ!」と猫の鳴き声がした。雌猫かと勘違いしそうな高くて可愛らしい声は、多分シマだろう。
コノハが出入り口の戸を開けようとした時、外側から誰かが戸を開けた。それは建比古だった。
「コイツが中に入るついでに、俺も入るぞ。ああ……、お前に話したいことがあるが、少しいいか?」
「はい。あっ……、座りませんか?」
建比古とコノハが部屋の出入り口付近に居る間に、シマは駆け足で白人たちの寝室の方に行った。
と……、コノハと一緒に建比古は食台の傍まで来た後、建比古は眉間に皺を寄せて、少し険しい顔になっていた。
コノハも建比古の表情の変化にすぐに気が付いたようだ。
「この結紐……、男から貰ったものかっ??」
建比古は食台の上に置いてあった結紐を凝視しながら、片手を角に乗せた。建比古が明らかに動揺しているのが、コノハにも分かった。
「……いえ、彩女さんから結婚祝いに頂いた物ですよ」
「何だ、彩女だったか。なら、良かった……」
建比古は食台の前に座ると、「ああぁ~、うっとおしい……」と呟きながら、突然左目の眼帯を取り、食台の上に置いた。
コノハを見つめる建比古の左眼は、灰色に近い青系の不思議な色をしていた。
「ああ話とゆーのは、明日からは、俺と一緒に夕飯を食べてくれないか? これは指示ではなく、俺の希望だ。食膳は、俺の執務室まで女官が持ってくれる。夫婦だし、二人きりで話せる時間が欲しくてな。……いいか??」
お互いに知らないことも、まだまだ多い。新婚とはいえ、恋人のように建比古が自分と距離を縮めようとしてくれていることに、とても嬉しかった。
コノハは「はい……」と小さく返事をして、はにかみながら建比古の顔を見た。
「ありがとうな」
すると、建比古は座ったままコノハの片腕を掴むと、少しずれて自分の上にコノハを座らせたようだ。建比古は両腕でコノハの上半身を包んだ後、コノハの顔に自分の頬をくっつけた。
「た、建比古さまっ!! ちょ――」
「夫の俺よりも篤比古が、お前と一緒に居る時間が圧倒的に多いってのが、ホント腑に落ちねー……。今だけは許してくれ」