深緑の花婿
手強い来客!
さらに気温が上がり、小寒い日々が減ってきた時期……。皇国のあちらこちらで桜の花が咲き始めた頃、皇宮を訪ねて来た者が居た。
一方で、コノハは慣れない口紅をして、撫子色の朝服を着ることになった。自分の髪を彩女から結婚祝いとして贈られた結紐でまとめたようだ。
正装に着替えた後、コノハは非常に緊張しながら、謁見の間に居る建比古の横に座ったのだった。
来客は昼過ぎに、衛士府にある小さな謁見の間にやって来た。立派な口髭を生やした白髪の、背が高く肩幅もある男性である。
彼は、初代天皇の時代から大王家の支えとなっている大豪族の末裔。そして、彩女の父親であり、皇国で一番広い面積を持つ党賀の国司だ。
「お久しぶりです、建比古様。この度は御結婚、誠におめでとうございます」
建比古たちに会いに来た男性は、片膝を床に付けながら、明るい表情で建比古を見上げている。
「本当にありがとうな。よく来てくれた、吉年。……皆、息災で過ごしているか?」
「はい。皆々は変わらず健在で、警備や鍛冶を励んでおります。建比古様もお元気そうで、何よりでございますっ」
……と、吉年が目を細くして嬉しそうに話していたのだが、突然真顔になったようだ。そして、コノハの方をちらりと見ると、低い声で淡々と話し始めた。
「しかし、敢えて山育ちの田舎娘をお選びになるなんて……。貧しい家庭だからとはいえ、御慈悲が過ぎますぞっ! 実野谷の豪族、兼現国司と顔見知りとはいえ、あの小さな豪族は無名に近いですしなぁ~」
建比古の婚姻についての苦言だけでなく、何度も世話になったことのある雪麻呂のことまで悪く言われて、コノハは何とも言えない複雑な気持ちになってしまった。
コノハの悶々とした心中などお構い無しに、吉年は矢継ぎ早に再び話し始めた。
「それにっ、高名な豪族出身の娘たちを何十人も紹介して見合いを勧めたりしても、繰り返しお断りされたり、宴の後に夜伽の相手を送っても、指一本触れさせないようにしたりしていらっしゃったので、女嫌いかと思っておりましたぞっ!! 散々『一生、独り身でもいい』とおっしゃっていたのに、全く訳が分かりませぬ……」
「口を慎めっ、吉年!! 俺の大槍で、腸をブチ抜かれてーのかっ!?」
吉年の一方的な発言を聞いて、建比古は流石に腹を立てた。
とてつもない険しい顔で建比古は怒鳴ったのだが、吉年は全く顔色を変えず、全く動じていないようだ。
その時、思いがけない人物が謁見の間に入ってきた。それは彩女だ。
「お父様っ――」
彩女は出入り口付近まで行くと、大きな声でそう言った。
すると、建比古とコノハは彩女に釘付けになり、吉年も驚いて思わず後ろを振り返ったようだ。
「あっ……あ、彩女っ!?」
慌てた様子になった吉年は、裏声が混ざった変な声を出したのだった。
彩女はすたすたと早足で、吉年の斜め前に行くと、吉年の顔を凝視しながら、珍しく強い口調で言葉を発した。
「建比古様と私の大切な部下を、それ以上悪く言うのはお止めください。……お父様であれ、どうしても許せません」
「彩女や……。この儂を責めないでお――」
「責められても当然のことですっ!!」
勢いよく吉年の言葉を遮ると、彩女は声を張って話を続けた。
「党賀の皆々に『血筋に拘り過ぎるのは、止めていい時もある』と、おっしゃってくださったことを、忘れてしまったのですか?? 庶民出身の白人との結婚をすんなりと認めてくださったのに、建比古様とコノハのことは文句ばかり……というのは酷過ぎます!」
「……それは、お前を泣かせたくなかったから……」
「それに、夫と部下の扱いが不平等です! 本当に悲しいです、今すでに泣きたい気持ちになっていますよ?
互いに想い合っていることの、何がおかしいのですか?? 貴方が尊敬し、崇拝する程の方のご決断が、誤っていたと言うのですかっ!?」
涙目になっていた愛娘に痛いことを突かれてしまい、恥ずかしさに耐えられなくなった吉年は額に片手を当てながら、大きな溜め息をついた。その後、建比古の顔を見つめると、吉年はありったけ自分の感情を伝えたのだった。
「どうか、必ずっ幸せになってくださいよ、建比古様っ!! そーでなければ、儂の寿命が縮んでしまう……」
吉年はよろよろと出入り口に向かって歩き、出入り口の前まで来ると建比古たちに会釈をした後、静かにその場から立ち去った。
謁見の間に吉年が居なくなると、彩女は建比古とコノハの傍に行ったようだ。
建比古とコノハも立ち上がり、壇上から降りてきた。
「建比古様、コノハ……。お父様がとんだ迷惑をおかけして、大変申し訳ありませんでした」
彩女はお腹の辺りで両手を組み、建比古とコノハに向かって深々と長くお辞儀をした。
「謝らないでくれ。むしろ俺たちが礼を言わないといけないな! ……助けてくれてありがとう、彩女」
「彩女さん、本当にありがとうございましたっ!」
建比古とコノハが彩女に感情の気持ちを伝えた時、彩女は笑顔になったようだ。
彩女がコノハに優しい視線を向けると、そっと自分の両手でコノハの片手を包んだのだった。
「もう暗い気持ちになる必要なんて無いわ。コノハも絶対に幸せになれると、私は信じているから。子どもを授かることはできなかったけど、私だって幸せになれたんだからっ!
……無理は駄目だけど、これからもお仕事、一緒に頑張りましょうね」
「……はいっ!!」
彩女から母親のような温かい言葉をかけられて、自然とコノハも微笑んだようだった。
一方で、コノハは慣れない口紅をして、撫子色の朝服を着ることになった。自分の髪を彩女から結婚祝いとして贈られた結紐でまとめたようだ。
正装に着替えた後、コノハは非常に緊張しながら、謁見の間に居る建比古の横に座ったのだった。
来客は昼過ぎに、衛士府にある小さな謁見の間にやって来た。立派な口髭を生やした白髪の、背が高く肩幅もある男性である。
彼は、初代天皇の時代から大王家の支えとなっている大豪族の末裔。そして、彩女の父親であり、皇国で一番広い面積を持つ党賀の国司だ。
「お久しぶりです、建比古様。この度は御結婚、誠におめでとうございます」
建比古たちに会いに来た男性は、片膝を床に付けながら、明るい表情で建比古を見上げている。
「本当にありがとうな。よく来てくれた、吉年。……皆、息災で過ごしているか?」
「はい。皆々は変わらず健在で、警備や鍛冶を励んでおります。建比古様もお元気そうで、何よりでございますっ」
……と、吉年が目を細くして嬉しそうに話していたのだが、突然真顔になったようだ。そして、コノハの方をちらりと見ると、低い声で淡々と話し始めた。
「しかし、敢えて山育ちの田舎娘をお選びになるなんて……。貧しい家庭だからとはいえ、御慈悲が過ぎますぞっ! 実野谷の豪族、兼現国司と顔見知りとはいえ、あの小さな豪族は無名に近いですしなぁ~」
建比古の婚姻についての苦言だけでなく、何度も世話になったことのある雪麻呂のことまで悪く言われて、コノハは何とも言えない複雑な気持ちになってしまった。
コノハの悶々とした心中などお構い無しに、吉年は矢継ぎ早に再び話し始めた。
「それにっ、高名な豪族出身の娘たちを何十人も紹介して見合いを勧めたりしても、繰り返しお断りされたり、宴の後に夜伽の相手を送っても、指一本触れさせないようにしたりしていらっしゃったので、女嫌いかと思っておりましたぞっ!! 散々『一生、独り身でもいい』とおっしゃっていたのに、全く訳が分かりませぬ……」
「口を慎めっ、吉年!! 俺の大槍で、腸をブチ抜かれてーのかっ!?」
吉年の一方的な発言を聞いて、建比古は流石に腹を立てた。
とてつもない険しい顔で建比古は怒鳴ったのだが、吉年は全く顔色を変えず、全く動じていないようだ。
その時、思いがけない人物が謁見の間に入ってきた。それは彩女だ。
「お父様っ――」
彩女は出入り口付近まで行くと、大きな声でそう言った。
すると、建比古とコノハは彩女に釘付けになり、吉年も驚いて思わず後ろを振り返ったようだ。
「あっ……あ、彩女っ!?」
慌てた様子になった吉年は、裏声が混ざった変な声を出したのだった。
彩女はすたすたと早足で、吉年の斜め前に行くと、吉年の顔を凝視しながら、珍しく強い口調で言葉を発した。
「建比古様と私の大切な部下を、それ以上悪く言うのはお止めください。……お父様であれ、どうしても許せません」
「彩女や……。この儂を責めないでお――」
「責められても当然のことですっ!!」
勢いよく吉年の言葉を遮ると、彩女は声を張って話を続けた。
「党賀の皆々に『血筋に拘り過ぎるのは、止めていい時もある』と、おっしゃってくださったことを、忘れてしまったのですか?? 庶民出身の白人との結婚をすんなりと認めてくださったのに、建比古様とコノハのことは文句ばかり……というのは酷過ぎます!」
「……それは、お前を泣かせたくなかったから……」
「それに、夫と部下の扱いが不平等です! 本当に悲しいです、今すでに泣きたい気持ちになっていますよ?
互いに想い合っていることの、何がおかしいのですか?? 貴方が尊敬し、崇拝する程の方のご決断が、誤っていたと言うのですかっ!?」
涙目になっていた愛娘に痛いことを突かれてしまい、恥ずかしさに耐えられなくなった吉年は額に片手を当てながら、大きな溜め息をついた。その後、建比古の顔を見つめると、吉年はありったけ自分の感情を伝えたのだった。
「どうか、必ずっ幸せになってくださいよ、建比古様っ!! そーでなければ、儂の寿命が縮んでしまう……」
吉年はよろよろと出入り口に向かって歩き、出入り口の前まで来ると建比古たちに会釈をした後、静かにその場から立ち去った。
謁見の間に吉年が居なくなると、彩女は建比古とコノハの傍に行ったようだ。
建比古とコノハも立ち上がり、壇上から降りてきた。
「建比古様、コノハ……。お父様がとんだ迷惑をおかけして、大変申し訳ありませんでした」
彩女はお腹の辺りで両手を組み、建比古とコノハに向かって深々と長くお辞儀をした。
「謝らないでくれ。むしろ俺たちが礼を言わないといけないな! ……助けてくれてありがとう、彩女」
「彩女さん、本当にありがとうございましたっ!」
建比古とコノハが彩女に感情の気持ちを伝えた時、彩女は笑顔になったようだ。
彩女がコノハに優しい視線を向けると、そっと自分の両手でコノハの片手を包んだのだった。
「もう暗い気持ちになる必要なんて無いわ。コノハも絶対に幸せになれると、私は信じているから。子どもを授かることはできなかったけど、私だって幸せになれたんだからっ!
……無理は駄目だけど、これからもお仕事、一緒に頑張りましょうね」
「……はいっ!!」
彩女から母親のような温かい言葉をかけられて、自然とコノハも微笑んだようだった。