フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
さっき彼は、さりげなく楓を庇ってくれて、苦しくない体制にもってきてくれたのだ。まさに恋愛小説のヒーローとヒロインみたいじゃないか。
 
こんな高等テクニックをさりげなく発動できるなんて、さすがというほかない。さすがは、デートすれば一発だと自信満々に言っていただけのことはある。
 
だとしたら、ちょろいし恥ずかしいしちょっと悔しい。
 
けれどそれらを、べつの喜びが超えていく。
 
このまま伊東とのデートを体験すれば恋心を理解できるかも。そしたら今まで書けなかった恋愛小説を書けるようになる?
 
急に創作意欲が湧いてきて、このデート、俄然やる気になってきた。
 
もう今すぐこの気持ちを文字にしたい。ここでコトマドを開きたいくらいだった。
 
うずうずしながらじっと伊東を見ていると、視線に気がついたのか、伊東がチラリと見下ろして呟いた。

「ちょっと見過ぎ」

「え?」
 
その時、エレベーター内が明るくなる。
 
外が見えるゾーンに差し掛かり、周囲からおーっという歓声があがった。

「わわ!」

楓の口からも声が出た。
 
遠くから見ると繊細な網目に見えるスカイツリーの鉄骨は直近に見るとすごく太い。そしてその向こうには東京の絶景。
 
建物の中にいたから、実感がなかったけれど、今自分は本当にすごく高いところにいるんだと思ったら、さっきとはまた違う意味でわくわくとした。
 
勝手に胸が高鳴って、頭の中が熱くなるような感覚は、ずっと昔、小さな頃に家族で行った遊園地のゲートをくぐった瞬間のわくわくだ。
 
——全然違う。
 
身体全体でそう感じた。
 
妄想するのとはまったく違う。
 
頭の中だけでなく、実際にいるのだからあたりまえといえばあたりまえなのだけれど。

「すごい……!」
 
ドキドキを抑えられずそう言う楓を、伊東が目を細めて見下ろしていた。
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