フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜

素晴らしき擬似恋愛体験

「本当に、送らなくて大丈夫か?」

「大丈夫です。私のマンション、最寄り駅からすぐですから」
 
夜の街を駅に向かいながら、楓は言う。
 
午後六時、マンションの最寄駅がある地下鉄の駅を伊東とふたり目指している。
 
昼食をゆっくりとり、デザートがわりのクリームソーダを堪能したあとは、ショッピングモールをぶらついた。
 
カフェとは別のキャラクターショップを覗いたり、その後野外に設置されていたクリスマスマーケットで軽い夕食をとり、遅くならないうちに帰ることにしたのだ。
 
楓の心はたくさんのピカピカに満たされていた。
 
今日一日、楽しかった。
 
一生体験できないはずだったデートというイベントを体験できたのが嬉しかった。
 
しかもそれが黒歴史となることはなく、金色に輝いているのだから最高だ。
 
そしてそしてなんといっても、お土産に、擬似恋心まで頂いた、恋の伝道師、伊東には感謝感謝の嵐である。
 
早く家に帰りたくてうずうずした。この気持ちを忘れないうちに書き留めたい。今なら超大作を書けそうだ。
 
地下へ続く階段の前でふたり足を止める。ここで解散だ。

「じゃあ、……お疲れ」
 
伊東がデートの終わりを宣言する。
 
楓は少し意外に感じた。彼のことだから「どうだった? 俺の魅力にやられたか?」くらいは聞いてくるだろうと思ったのだ。
 
だって今日はそれが目的だったのだし。
 
もし聞かれたら、「やられました」と言おうと思っていた。もはや悔しい気持ちは全然ない。むしろ、なりゆきとはいえここまで親切にしてくれたことをありがたく思うくらいだった。
 
だから肩透かしを食らったような気分だったが、それでもぺこりと頭を下げた。

「お世話になりました」

「おう」
 
擬似恋愛デートらしいあっさりさで別れ、楓は彼に背を向けて階段を下りようとする。そこでふと立ち止まり、振り返った。
 
十二月のどこか浮き足だった人混みの中に消えていく伊東の背中を見つめながら、胸がキュッと縮むように痛むのを感じる。
 
——もう少し一緒にいたかったな。
 
そう思っている自分がいる。
 
もしこれが本物の恋人同士だったら、まだ一緒にいられるんだよね……と寂しく思ったところでハッとする。
 
この気持ち。
 
これが別れ際の切ない気持ちというやつか。
 
気がついた途端に、寂しさは吹き飛んだ。これも忘れてしまわないうちに文字にしなくては。とりあえずメモだけでもと思いスマホを取り出すと、振動する。
 
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