フィクションですよね⁉︎〜妄想女子の初恋事情〜
嫌がらせのようにアカウントを特定していると告げた倫に対して彼女はもう怒っていないと言った。
 
擬似恋人関係の延長を願い出たくらいなのだから、倫に嫌悪感を抱いていることはなさそうだ。
 
だとしたら、その擬似恋心を本物にできないだろうか?
 
コーヒーの缶を手に、会議室を目指していると、向こうから北川が歩いてくる。彼女と会社で会うのはいい店を紹介してもらって以来だ。

「伊東さん、お疲れさまです」
 
声をかけられて足を止める。

「お疲れさまです。先日はありがとうございました」

「こちらこそ、ですよぉ。あれから私、もう一回行ったんですが、大将が伊東さんのこと気に入っちゃって。また連れてこいって言われてるんですけど……」
 
上目遣いに見られてげんなりするが、もちろん態度には出さない。

「ぜひ、と言いたいところですが、今仕事が立て込んでいて」
 
事実を持ち出しやんわりと断ると、彼女は肩を落とした。

「ですよね……、お忙しいという噂は聞きます」

「落ち着いたら今度は他の方も誘っていきましょう」
 
フォローしつつふたりは拒否だと釘を刺し、「じゃあ」と再び歩き出す。
 
相手が自分に好意を持っているか、あるとしたらどの程度なのか、本気か、ちょっと気になる程度なのか、そのくらいは手に取るようにわかるものだ。
 
ふと倫は、楓の言動を思い出す。その中に、自分に対する好意はなかっただろうかと考えた。
 
さっきは、カッコよかった、ドキドキしたと言っていた。
 
それは嘘ではないだろうが、だからといってそれが恋愛感情とストレートに結びついているかどうかは疑問だ。
 
好きな相手に告白でもないのに、あんな風に言うだろうか?
 
いや言わない。
 
だとしたら、なんとも思っていないからこその言葉とも思える。
 
でも、ドキドキすると言っていたし……。
 
——わからない。
 
ため息をつく。
 
本当に彼女は理解不能。倫にとってなにもかもがはじめての相手だ。
 
とはいえ可能性がゼロではなく、挽回の機会があるのならば、引き下がるのではなく頑張ってみようかという気持ちが湧いてきた。
 
湧いてきたが、自信はない。どうすれば挽回できるのか、わからなかった。
 
デートでいったいなにをすればいいかわからない、こんなことも倫にとってははじめてだ。
 
でも。
 
可能性があるならば。
 
廊下を進みながら、倫は週末のお家デートでの計画について考えを巡らせていた。
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