恋うたかるた
第1章 時めぐりきて -長月-
「いつも、綺麗にしていただいてほんとうに助かります」
「いいえ、こちらこそいつも呼んでいただき、ありがとうございます」
2週に1度、訪問している坂本家での2時間の作業を終えると、まだ3歳になったばかりの女の子を抱いた奥さまが玄関まで出てきて挨拶をしてくれた。
この仕事をしていてよかったと、彼女が思う一番の時である。
松石志織が家事代行の会社に勤めはじめてからもうすぐ5年になろうとしていた。
時には理不尽なクレームを受けることもあったが、ほとんどの客は彼女の去り際に笑顔で見送ってくれる。
共働きのうえ、子供がまだ幼い坂本家もそんな常連のお客さまだった。
「では、これで失礼いたします」
「また再来週よろしくお願いしますね」
薬品アレルギーなどへの配慮から基本的な作業は客先の洗剤などを借りて行なうのだが、専用道具などの忘れ物がないことを確かめて丁寧に頭を下げた志織は、午後の客先の住所とルートの確認をしながら営業用の軽自動車の運転席に座った。
普段は自宅から直行直帰ができるのが魅力だったが、チーフを任されるようになった彼女は定例会議の日は営業所へ出勤して、会社の営業車で客先へ向かうのである。
その日、午後の作業を終えた彼女は、予定どおりに営業所へ戻った。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい、 お疲れさま」
書類から眼を上げた課長の井川眞規子がいつもと同じ明るい笑顔を返してくれて、志織はほっとする。
研修中の新人の様子や、業務課題などの報告を行なったあと、次週の訪問先などの指示を彼女に受けるのだが、新しいお客様で依頼内容が多い場合などはたいてい志織にその応対が任される。
前に勤めていた住宅会社で結婚後も3年間客先営業をしていた彼女は、出産を機に退社したのだが、持っていたインテリアコーディネーター資格に加えて整理収納アドバイザー2級を取得し、それを活かして今の会社に勤めることができたのである。
業界経験と資格を持っている彼女への会社や客先の信頼は厚かった。
「じゃあ、これ来週の予定、お願いね」
井川が翌週の顧客予定表を志織に渡す。
「ありがとうございます。 新規は…」
いつものように志織はその表を見ながら井川に訊ねた。