恋うたかるた
「あのさ… 松石さんのところ、『お茶のみ雑談サービス』なんてメニューないの?」
突然、沢田がそんなことを訊いてきた。
「はい?」
「独居老人向けの話し相手をするって、よくあるサービスだよ」
「うちでは、そういうのはちょっと…」
意味を少し理解しかねている志織に彼が続けた。
「じゃあ、松石さんのところには今までどおりお願いをして、その間に毎月松石さんに話相手を直接お願いするのはどうかな?」
「え? わたしに… …ですか?」
「そう、 松石さんにお茶のみ相手してもらう」
返事に窮している志織を横目に、沢田は名刺を裏向きにして彼女に差し出した。
「返事は今でなくていいよ。 そこにぼくのLINE書いといたから、よかったら返事くれるかな?」
志織は車に戻ってから、今は横書きになった名刺を改めて見返した。
整った文字でLINEのIDと個人携帯の番号が書かれている。
表には新しくなったロゴと懐かしい彼の名前があり、肩書には統括部長とあった。
「どうしよう…」
うれしいような、一方で少し怖いような複雑な気持ちでしばらくの間、志織はエンジンをかけるのも忘れてフロントガラスの向こうの外壁をただ見つめていた。
(あの人麻呂の歌は、通い婚の夫を待つ妻の独り寝の寂しさを歌ったもの…)
それを思い出すと、沢田は妻に愛されていたはずだし、色紙にしたあの歌を遺影と一緒に飾ってあるのは、沢田も妻を深く愛していたのだと志織は思った。
(割り込む余地なんてないわ…)
もしかして、と淡い期待を抱いたのは自惚れだったと気づいた彼女は、少しだけ冷静になってエンジンをかけた。