恋うたかるた

「あ、今日はよそ行きだね」

 志織を見て沢田は一瞬驚いたような笑顔を見せて言った。

「ええ、今日は…」

「相変わらずきれいだね、松石さんは」

 沢田がことばを続ける。

「いえ、とんでもないです」

 全身を見られたような気がして志織は恥ずかしかったが、お世辞だとわかっていても嫌な気はしなかった。



「駐車場空いてた?」

 脱いだ靴を揃えていた志織にうしろから沢田が声をかけた。

「今日はコインパーキングに停めてきました」

「え? どうして?」

「ただなんとなく…」

 普段の作業着でない女が、同じ車で来て沢田の家を訪問しているということを、近所の住人に詮索されては迷惑がかかると思ったのである。

「空いてれば何も気にしなくていいのに」

 笑いながらそう言った沢田は、いつもと違ってリビングのソファに志織を座らせた。

「このあいだのアールグレーでいいかな?」

「はい、すみません、 あ、わたしやります」

「いや、ここはぼくんちだから」

 対面形式になっているキッチンからもう一度沢田が笑った。



 腰を浮かせかけた志織の正面にあるカップボードの上の壁には先日見た額入りの色紙がピンナップされていたのだが、なぜかその下にあった奥様の小さな写真スタンドがなかった。

(どうしたんだろう…)

 その理由(わけ)を彼女が知ることになったのはまだ先のことである。



 自分を呼んでくれた理由(わけ)を測りかねていた彼女を気にすることもなく彼は、志織の退職後の会社の近況を話してくれた。

「山際が辞めてから1年で松石さんもだろ。痛かったよ、あの時は…」

「すみませんでした… その節は…」

 今さらのように志織は頭を下げた。

 親しかった先輩の山際美沙が夫の転勤に伴って退職した翌年に志織も退職したのだった。

「いやいや、二人にはずいぶん助けてもらったし、期待も大きかったから…」

「そんな… 山際さんはそうですけど、わたしは…」

 実際、志織は当時ずっと山際美沙を目標にそのあとを追っていたのだが、沢田は思いもよらないことを笑いながら言った。

「ぼくは松石さんのファンだったから…」

「え?」

 とっさにどう反応していいかその時志織は戸惑った。
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