【マンガシナリオ】私を振った先輩が、大学では後輩になって溺愛してくる~保育科の優しい王子様は、暗闇の世界の冷徹な王でした~
第1話


〇オープニング、中学校卒業式後の校舎裏


他の生徒たちは正門の方で友人や家族と写真を撮っているため、校舎裏には二人しかいない。

スタイルがよく眉目秀麗で、ほんの少しだけクセのある黒髪の男子中学生――優木聖人(ゆうきまさと)が、学ラン姿で手に卒業証書の入った筒を持ち桜の木を背景に立っている。

その正面に、ふんわりとした明るい色の長い髪をふたつに分けて結わえているセーラー服姿の女子中学生、二ノ前苺(にのまえいちご)が立っていた。苺は身長153cmで童顔、動物で例えるならハムスターのような雰囲気。



聖人「なんだよ、こんな所に呼び出して」

苺「あ、あのね、聖人くん」

聖人「またクッキーでも作ってきたのか?」



聖人が悪戯っぽい笑みを見せる。



苺(あの日あんな事があったのに、聖人くんの様子は前と変わらない……)



苺「今日は違うの。話があって……」



苺(言わなきゃ。高校と中学じゃなかなか会えなくなっちゃうし)



セーラー服の胸のあたりを無意識にギュッと掴み、苺は聖人の方を見られず視線を落として言葉を絞り出す。



苺「聖人くんのことが好きです……私と付き合ってください」



おそるおそる苺が顔を上げると、先ほどと違って聖人は痛みを我慢しているようにつらそうな表情をしていた。



聖人「今は……苺と付き合うとか、考えられない」



すれ違いざまに苺の頭へ優しく手をポンと置き、謝りながら聖人がこの場を去る。



聖人「苺の気持ちは嬉しいけど……ごめんな」



苺モノ『この言葉を最後に、優木聖人くんは私の前からいなくなってしまった』





○過去回想、ふたりの関係



苺モノ『私の家は、繁華街の雑居ビルの四階にある』

苺モノ『そのビルの一階で、私の両親は夜間保育を行う無認可保育園(認可外保育所)を運営していた』



スヤスヤ眠る赤ちゃんの頃の苺の頬を、二歳の聖人が人差し指で触っている。



聖人(ぷにぷにだ。かわいい……)



苺モノ『聖人くんはお父さんがいなくて、お母さんがうちの保育所に聖人くんを預けてお酒を提供する店で夜働いている』

苺モノ『夜は私も保育所にいたから、聖人くんと一緒に過ごす時間が多かった』



二歳の苺の背中をトントンしながら、四歳の聖人が子守歌を歌って寝かしつけの真似事をしているシーン。



簡易プールで水遊びをしている三歳の苺と五歳の聖人。

ふたりとも水着姿。聖人の右の鎖骨にあるホクロを苺が指さしている。



苺「ほくりょー」

聖人「ホクロ、な」



引き続き三歳の苺と五歳の聖人。

空になった自分のコップを上下逆さにして持ち、反対の手で苺は聖人のコップを指さしておねだりしている。



苺「りんごじゅーす。まぁくんのもちょうだい」

聖人「みんなにはないしょだよ」



苦笑いしつつ苺の望みを叶えようとする聖人。



苺モノ『ここでは安価な料金設定で卒園児を受け入れて夜間学童保育も併設している』



ランドセルをすぐ横に置いて、ふたつのイチゴが寄り添っているような絵を描いている小学二年生の聖人。

そんな聖人のすぐそばで、苺が尊敬のまなざしで絵を覗き込んでいる。

そのイチゴの絵は少し歪みはあるけれど、このあと出てくる誕生日カードに描かれたイチゴとほぼ同じ感じ。



苺「まさとくん絵がじょーずだねー」



小学六年生になった聖人が、小学四年生の苺の前でパッと花を出すようなマジックを披露している。

頭に「? ? ?」と浮かべて、苺は不思議そうな表情。



苺モノ『私が五年生になると聖人くんは中学生になって少し距離ができた』



学ラン姿の聖人が男友達と、ランドセル姿の苺が女友達と一緒に歩く姿。

聖人と苺はお互いの顔を見ることなく、それぞれ違う方向を向いている。



苺モノ『中学に入学して、聖人くんと先輩後輩になって再会』



バレーボールの球技大会でスパイクを決め、『優聖(ゆうせい)』と大きな歓声を浴びている聖人。

この頃の聖人は名字の『優木』と名前の『聖人』の頭の文字を取ったあだ名の『優聖(ゆうせい)』と呼ばれている。

多くの女生徒たちが聖人に対して黄色い歓声を上げていた。



苺モノ『聖人くんは少女漫画のヒーローみたいにかっこよくなっていた』



モテている聖人と距離を感じて、苺は複雑な表情。

秋になり、文化祭のステージで聖人はバンドのボーカルをつとめて『優聖』コールで大盛況。

苺はますます距離を感じてしまう。



苺の友人「優木先輩って素敵だね!」

苺「うん…」



文化祭後の片付けで、みんなが面倒くさがっていたゴミ捨てを「私がいくよ」と言いごみ袋を持ち苺が一階の渡り廊下を歩いていると「待~て~っ優木~!!」と男の先生らしき声が聞こえてきた。

声の聞こえてきた方を振り返った瞬間、曲がり角から聖人が現れる。

苺が目を見開くと「こっち」と聖人に手を引っ張られて、渡り廊下の死角へ一緒に隠れる。

座った状態で聖人に背後から抱きしめられているような体勢で口に手を当てられ、苺は口を塞がれていた。

苺の心臓はドキドキと大きな音を立てている。

少しして、聖人が口を開く。



聖人「悪い、バンドが盛り上がりすぎだって怒られてさ。説教が長いから逃げてきた」



苺が持っていたゴミ袋をひょいッと持ちながら聖人が立ち上がる。



苺「あ、ゴミ袋……」

聖人「持つよ。その代わり少しつきあって」



冒頭の告白場面と同じ校舎裏で、聖人はちょっとした段に腰をおろし手で隣に座るように苺へ促す。



聖人「ここさぁ、あんまり人が来なくてちょっとサボるのに穴場なんだよ」



そう言いながら聖人は棒つきの飴の包みを開け「ほい」と苺に差し出した。



苺「お、お菓子なんて学校に持ってきたらいけないんだよ」



そう言う苺の口に、聖人は飴を咥えさせる。

そして聖人は悪戯っぽい笑みを苺へ向けた。



聖人「これで共犯だな。ここは他の奴に教えるなよ、俺と苺だけの秘密な」



少し蠱惑的な聖人の表情に、苺の胸がトクンと音を立てる。



冬になり、苺は手作りのクッキーを持って冒頭の告白場面と同じ校舎裏へ行く。

その場所には聖人がいて、華麗な手さばきでトランプをシャッフルし手品の練習をしている。



苺「またここにいた」

聖人「苺もサボり?」

苺「違うよ。このクッキー、お父さんとお母さんにクリスマスに渡そうと思って練習したやつだけど、ひとりじゃ食べきれないからあげる」

聖人「お菓子なんて学校に持ってきちゃいけないんじゃなかったっけ?」



からかうような表情で笑っているにもかかわらず秀麗な顔の聖人の口へ、苺がクッキーを咥えさせる。



苺「これで共犯」



もぐもぐ……ごくん、と聖人がクッキーを食べる。



聖人「うまいな、これ。また作ってよ」

苺「気が向いたらね」



苺モノ『また聖人くんと話せるようになって幸せだった。でも……』

苺モノ『中学一年の一月に私のお父さんが亡くなり、お母さんは過労で倒れて入院してしまった』



放課後の日が落ちた時間に冒頭の告白場面と同じ校舎裏で、苺が膝をかかえ顔を伏せて泣いている。

そこへ心配顔の聖人が近づき苺に声をかけた。



聖人「なにやってんだよ。もう帰る時間だろ」

苺「まだ帰りたくない。お母さん入院しちゃって、家に誰もいないもん」

聖人「それならうちに来るか? 親は仕事でいないから」



俯く苺の手を握り、聖人は年季の入った二階建てアパートの外階段を上がっていく。

聖人の母親は男性と過ごすことが多くほとんど家にいない。お世辞にも綺麗とは言えない室内。

体育座りの姿勢で膝に顔をつけ泣き続ける苺の体に毛布をかけ、聖人は隣に座る。

そのままお互いに寄りかかるようにして眠ってしまい、朝を迎えたふたり。



苺モノ『泣いていた私のそばで、ずっと一緒にいてくれた』



苺が泣き腫らした目で聖人の方を見つめると、自然な流れでふたりの唇が重なる。



苺モノ『この時にわかったの。聖人くんのことが好きって』



卒業証書の入った筒を片手に持ち、苺から去っていく聖人の後ろ姿。

涙をこらえながら聖人の後ろ姿を見送る苺のアップの表情。



苺モノ『今は考えられないって……これから頑張ればいつかは考えてくれる?』



卒業式の翌日、苺は手作りのクッキーを持って、前に来た聖人のアパートの扉の前にいた。



苺(前に作った時おいしいって言ってくれた苺ジャムを挟んだクッキー……)



玄関のチャイムを鳴らそうとしては手を引っ込めて、なかなか勇気が出ない苺は心の中で言い訳をしている。



苺(深い意味はなくて……中学卒業のお祝いってだけで。聖人くんもクッキーのこと言ってたし)



その時カツ……カツ……と外階段を上がってくる足音が聞こえ、苺の肩がビクッと跳ねる。

一瞬聖人かと思ったが、現れた女性は聖人の家の隣のドアで止まった。

チラ、と苺の方を一瞥して女性が口を開く。



隣人らしき女性「その家、たぶん昨日引越したわよ」

苺「ひっこし……」

隣人らしき女性「トラックと、あと怪しげな黒塗りの高級車がきて荷物運んでたもの」

苺「あの、行き先とかは言ってましたか」

隣人らしき女性「知らないわよ。近所づきあいもなかったから」



自宅に戻り、苺は涙を流しながら聖人へあげるはずだった自作のクッキーを食べている。



苺「しょっぱ……」



二年生になり、苺はクラスメイトと一緒に徒歩で下校していた。



友人「二年でも一緒のクラスになれてよかったね」

苺「うん」



信号待ちで、苺はスマホを持っている人をぼんやりと見つめている。



苺(スマホを持っていたら……、聖人くんと連絡先を交換できていたのかな……)



自分の考えを振り払うように、ブンブンと苺は首を振る。



苺(もう、忘れなきゃ)



自宅のある雑居ビルの集合ポストに、苺の住所と名前が書かれた封筒が届いていた。



苺(私宛て……?)



家に入り開封するとカードが入っていて『HappyBirthday』という文字と、ふたつの苺が寄り添っているようなイラストが描いてある。



苺(聖人くんの絵だ)



カードの裏面も確認した苺は、ガッカリした表情になった。



苺(名前と住所くらい書いてよ……)



苺モノ『諦めようと思っても、毎年誕生日に苺の絵が描かれたカードが届く』



高校生になって、ブレザーの制服姿の苺が、届いた誕生日カードを見つめている。



苺モノ『いつか住所を書いてくれてまた会えるかもしれない。私は希望という……呪いをかけられてしまった』





○大学敷地内、学食棟前の広場(四月)


大学二年生になり、苺はふんわりとした明るい色の髪を肩につかないくらいの長さに切っている。

苺の両隣にいるのは昨年入学式で出会い仲良くなったロングヘアがきれいで美人な仲吉ののか(なかよしののか)と、苺と同じ高校出身で元高校球児の青空日向(あおぞらひなた)。

三人は同じ読み聞かせボランティアサークルに所属していて、今日は新入生勧誘のためのビラ配りをしていた。

サークルで用意したテントに説明を聞くための列ができている。



苺「ビラ配りはいったん中断しよっか」

日向「そうだな」



ののかが新入生の列を眺めてしみじみと言う。



ののか「初々しいねぇ。私たちも去年はあんな感じだったっけー」



その発言に対して、日向がツッコミを入れた。



日向「いや、ののかは最初会ったとき初々しくなくて先輩かと思ったぞ」

ののか「はあ? 何それ?」

苺「まぁまぁふたりとも、勧誘なんだから笑顔で、ね」



苺がふたりをとりなしていると、少し離れた所でキャーッと大きな歓声が上がり女子大生で人だかりができていく。



日向「お、なんだ!?」

ののか「たぶん桜城(おうじょう)くんじゃない?」

日向「知り合い?」

ののか「噂で知ってるだけ。数少ない保育科男子のうえに超イケメンで優しくて、入学式の時から王子様って言われているらしいよ」



日向が不満そうな表情になる。



日向「俺も数少ない保育科男子なんだけどな」

ののか「日向はどう見ても王子様じゃないでしょ」

苺「そうだねぇ。日向は王子様じゃなくて護衛騎士って感じ」

ののか「騎士に失礼じゃない?」



容赦ないののかの発言に、怒りをこらえるため震わせている日向の肩に片手を置き、苺が宥めている。



ののか「ねぇ苺、あそこ行ってみようよ」



そう言って人だかりへ向かって歩きだしたののかは、少し離れた所から再び苺を呼んだ。



ののか「苺―。おいでよ、苺、いこー」


苺という声に反応したように、人だかりの中心にいる人物がこちらへ向かって足を踏み出す。

すると人波の動きが変わり、一瞬だけ苺の所から男性の顔が見えた。

中学時代と違い眼鏡をかけた彼は大人っぽい男性特有の色気をまとっているが、あの頃の聖人の面影もかすかに残っている。



苺(聖人くん――?)



ドキン、と苺の心臓が大きく跳ねた。



苺(似てる。でも、桜城なんて知らないし。別人?)



胸のあたりの服を苺は無意識にギュッと掴んでいる。

いつもの苺の様子と違うことに気づいた日向が、心配そうに声をかけた。



日向「苺、どうした? 気分でも悪くなったか?」

苺「大丈夫……」



苺(先輩だった聖人くんが、入学したばかりで後輩のはずないよね――)




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