【マンガシナリオ】私を振った先輩が、大学では後輩になって溺愛してくる~保育科の優しい王子様は、暗闇の世界の冷徹な王でした~
第2話


○大学敷地内、学食棟前の広場(四月)


苺モノ『いなくなった後もずっと忘れられなかった初恋の人が、目の前にいる……?』



初恋の優木聖人と似ているけれど、大人な雰囲気があり眼鏡をかけている桜城(おうじょう)が、ののかと話しながら近づいてくる。

服装はシャツにジャケット。今日の服装では鎖骨のホクロは確認できない。



桜城「どんなサークルですか?」

ののか「子ども向けに絵本の読み聞かせボランティアをしてるの」



苺(本人? それとも親戚とか?)



ドキン、ドキン、と苺の鼓動は大きい。



ののか「毎月第三土曜日に図書館の児童書フロアで読み聞かせをしてて、あと夏休みは保育所にも行ったりするよ」



ののかは桜城と話しながら苺と日向の所まで戻ってきた。



ののか「桜城くんって大人っぽいねー。あ、私たちは二年でね、私は仲吉ののかで、この子は二ノ前苺。こっちの男子は青空日向。学年いっこしか変わらないし、うちらのことは名前呼びでいいよー」

桜城「桜城聖人(まさと)です。よろしくお願いします」



苺(聖人――?)



優木聖人と同じ名前だと分かり、苺の心臓がドキッと音を立てる。

桜城聖人は中学時代の優木聖人とは違う大人な雰囲気の優しい笑みを浮かべた。



ののか「今日ね、夕方からサークルの紹介を兼ねた飲み会があるの。入会するしないに関係なく新入生はタダだからおいでよ」



聖人の視線が、並んで立っていた日向と苺の方へ向けられる。



聖人「日向先輩と苺先輩も参加されますか?」

日向「俺は行く。苺も行くよな」



話しながら日向の手が苺の肩にポンと置かれた瞬間、聖人の視線がほんの微かに鋭くなった。



苺「うん。お母さんの病院に寄ってから行くから、遅れるかもしれないけど」

ののか「聖人くんはどうする?」

聖人「行きます」



にこ、と笑う聖人に中学時代の面影が見えて、苺の胸がドキッと跳ねる。

苺が聖人に話しかけようとした時、「私も行きます」「私も」と聖人の参加を嗅ぎつけた女子大生がサークルに殺到してきて大混乱になり話すことはできなかった。





〇苺の母が入院している病院


病室で、苺の母親がベッドに上半身を起こして座っている。

苺の母親は申し訳なさそうな表情をしていた。



苺の母「苺、お誕生日おめでとう。ごめんね、私がこんなだからプレゼントとか用意できなくて」



外が見えるように窓のカーテンを開けながら、苺が答える。



苺「良くなってもらうのが、一番のプレゼントだよ。今回は早く退院できるといいね」



苺モノ『癌が見つかった母は、入退院を繰り返している』



ベッドの隣に置かれた丸椅子に腰をおろして、苺は母と会話を続けた。



苺の母「二年生になって大学生活はどう?」

苺「サークルの勧誘が始まって、後輩がけっこう入ってきそう」

苺の母「後輩……お父さんとお母さんが出会ったのも、苺がいま通っている大学だったのよ。お父さんが先輩で……。苺ももうそういう年なのねぇ。苺は今、彼氏いるの? いるなら紹介してね?」

苺「え、彼氏の話なんてできないよ、まだいないし」



苺(お母さんと恋バナなんて、ちょっと恥ずかしい。それに彼氏どころか、初恋を引きずって好きな人さえいない)



話題を変えようと思った瞬間、優木聖人が両親の運営する保育園へ通っていたことが頭に浮かぶ。



苺「そういえば、お母さん……聖人くんって覚えてる?」



その言葉を聞いて、苺の母の肩がピクッと震えた。



苺の母「聖人くん……って、優木聖人くん?」



母親の問いかけに苺が頷く。

すると母の表情が、今まで見たことのない厳しい顔になった。



苺の母「この先、彼氏とか考えるようになっても、あの子だけはダメよ」

苺「え……」



苺(保育園でどんな子でも『ダメ』と否定することがなかったお母さんの、こんな表情初めて見た……)



咄嗟に否定するように、苺は首を横に振った。



苺「彼氏とかの話は全然関係なくて。今日サークルの勧誘の時、新入生に聖人くんって名前の男の子がいて、思い出しただけ」



「そう……」と苺の母が安堵の息を吐いている。



苺「あ、今日はサークルの新歓コンパがあるからそろそろ行かないと」

苺の母「遅くなると危ないから二次会は行かずに寄り道しないでまっすぐ帰るのよ、戸締りもしっかりね」

苺「はいはい。もーっ、小学生じゃないんだからそんなに心配しなくても大丈夫だよ」



口では反抗するようにそう言いつつも心配してくれる母の存在が苺は嬉しかった。





○居酒屋のお座敷(夜)


サークルで貸し切りの広い座敷内で、桜城聖人の周囲だけ人口密度が高い。

聖人は女子大生に囲まれていた。

その様子がよく見える少し離れた場所で、苺はののかと日向の間に座っている。



苺(桜城くん、すごい人気だな……)



ののか「今回の新入生かなり多くない?」

日向「これでも抽選で人数しぼったらしいぜ」

ののか「まあ、こっちはこっちでまったりやりましょうか。苺、お誕生日おめでとー」



ののかの言葉に、苺が目を見開いて驚く。



苺「え、覚えててくれたの!?」

ののか「当たり前だよー」



お気に入りのぬいぐるみを抱きしめる感じで、愛おしそうにののかが苺をギューッと抱きしめる。

もう一方の隣に座っていた日向が、苺の前にビールの入ったジョッキを置いた。



日向「高校から腐れ縁のよしみで、おごってやるよ、まぁ飲め。俺はまだ飲めねぇからジュースだけどな、つきあうぞ」

ののか「妹みたいな苺が私より先にお酒を飲めるなんて不思議な感じー」



日向とののかはジュースのグラスを持ち「「カンパーイ」」と言って苺のジョッキに自分たちのグラスをあてる。



苺「ふたりともありがとう」



苺(初めてのお酒だ……ドキドキする)



おそるおそるビールのジョッキに口をつける苺。



苺(うう、にがい……少しずつ飲もう)



苺がビールのジョッキに口をつけていると、空いていた目の前の席に人が座る気配がした。

視線を正面へ向けると、なんと桜城聖人がすぐ前に座ったところだった。

目の前に現れた聖人の姿に驚き、苺は思わずビールを多めにゴクリと飲み込みむせてしまう。

ケホケホと苺がむせていると、聖人に話しかけられた。



聖人「苺先輩、お酒なんて飲んで大丈夫なんですか」



涙目でむせていて話せない苺に代わって、ののかが答えている。



ののか「苺は幼く見えるけど、こう見えて今日二十歳になったんだよ」



むせている苺の背中を「大丈夫か?」と言いながら日向が介抱のためにさすっている。

その様子に一瞬だけ聖人の視線が鋭くなったが、すぐに優しい笑顔になったため周囲は気づいていない。



聖人「へえ、苺先輩は今日が誕生日なんですね。それなら日向先輩、少しだけ手伝ってください」



体を少し前にのりだして苺の背中に添えていた日向の手を掴むと、聖人は苺から日向の手を離すようにして自分の手に重ねさせた。



苺(やっと落ち着いてきた……)



聖人「3、2、1……」



日向の手をどかすのと同時に、パッと苺の前で聖人が手に花を出現させた。

そしてその花を苺に差し出す。



聖人「はい、どうぞ」



差し出された花を受けとった苺は、小学生の時に優木聖人が苺に披露したのとほぼ同じマジックを見せられて呆然としていた。

ののかと日向は驚きと感動で目を輝かせている。



ののか「すっごーい」

日向「すげぇな、手品できるのかよ」

聖人「一時期ハマってけっこう練習したんです。他にもトランプとかいつも持ち歩いてますよ」



そう言って聖人はジャケットのポケットからトランプを取り出した。



聖人「このトランプ、仕掛けのない普通のトランプだって三人で確認してもらえますか?」



苺とののかと日向の三人は、トランプを手に取って表も裏も確認したが普通のトランプだった。

そのトランプを聖人が受け取り、華麗な手さばきでシャッフルしたあと、スーッと机の上に広げて並べる。

すると真ん中のカードが1枚だけ、他のカードと表裏が逆になっていた。



聖人「苺先輩、そちらをどうぞ」



向きの違うカードをとるように聖人が促し、苺がそのカードを抜く。

手にしたカードを確認した瞬間、苺は思わず息を吞んでしまった。

ハートのエースのカードに、『HappyBirthday』という文字と、ふたつの苺が寄り添っているようなイラストが描いてある。

大切な人を愛おしそうに見るような視線で、聖人が苺に笑みを向けた。



聖人「お誕生日おめでとうございます」

ののか「もぅ聖人くん、その笑顔めっちゃ王子様じゃん。本気で好きになりそう」



瞳を輝かせているののかを見て、なぜか苺は不安になる。



苺(ののかが桜城くんを好きに……)



モブ女子大生1「ねえ桜城くん、向こうで一緒に飲もうよ」

モブ女子大生2「それともここで飲む?」



聖人の近くの席を求めて、わらわらと女子大生たちが寄ってきた。

その勢いに苺は気圧されてしまう。



聖人「これ、もらいますね。こっちと交換しましょう」



苺の様子に気づいた聖人は、ひょいッと苺の手からジョッキを取りあげて、代わりのグラス(この席に座るときに持ってきていたもの)を苺に渡してから立ち上がった。

立っている聖人を見上げて、受け取ったグラスを持ちながら苺が尋ねる。



苺「これなぁに?」

聖人「りんごジュースです。苺先輩は、その方が好きそうだから」

苺「ありがとう。りんごジュース、子どものころから好きなの」



ふ、と聖人が目を細め、慈しむような優しい笑みを浮かべた。

いこー、と話す女子大生に囲まれて、聖人が苺の所から去っていく。

時間が経過して「ちょっと電話してきます」と、聖人は女子大生の群れから離れて店外へ移動。

人がいない所で眼鏡を外した聖人がスマホを手にしている。



聖人「羅威(らい)? 頼みたい仕事があるんだけど」



スマホを持つのと反対の方の手で聖人が前髪をかき上げると、大人の色気が駄々洩れになった。



聖人「今回は危なくねぇよ。気づかれないように女の子をひとり、自宅まで見守る簡単な仕事」



先ほどまで醸していた王子様のような雰囲気は消え、口角を片方上げて小さく笑っているが聖人の目つきは鋭い。



聖人「妹みたいなもんだって。余計な詮索すんな」



時間が経過して一次会が終わり、居酒屋の外で二次会に参加する人を募る声が聞こえる。

ののかは日向の隣に立つ苺へ声をかけた。



ののか「私は行くけど、苺はどうする?」

苺「今日は帰る」

日向「苺、お酒飲んだの初めてだろ。帰り危ないから送るよ」

聖人「日向先輩も帰るんですか」



いつの間にか近くにいた聖人が、日向に話しかけている。

突然話しかけられたのが意外だったため、日向は戸惑いながら答えた。



日向「ん、ああ」

聖人「日向先輩が帰るなら俺も帰ろうかな。他に男性の参加者いないみたいだし」

モブ女子大生3、4「「えー、桜城くん二次会行かないの? 行こうよー」」



モブ女子大生たちから、空気読んで参加しろ、という視線が日向に向けられている。

その殺気のような視線を苺も感じとった。



苺(帰ったら、日向が悪者になりそう……)



苺「日向も二次会に行っておいで。ほとんど飲んでないし私は大丈夫だから」



それじゃぁまたね、と言って日向に引き留められないように苺は急ぎ足で駅へ向かう。

自宅のある雑居ビルに着き、苺が集合ポストを開けると封筒が届いていた。



苺(私あて……)



雑居ビルが見えるがビルからは死角になっている場所で、チャラい見た目で金髪の羅威がスマホで電話をかけている。



羅威「無事に着きましたよー。てか聖人さんがこんな依頼すんの初めてですよね。ほんと何なんすか、あの子」



二次会の会場の外で、聖人はスマホを持つ方と反対の手に持っていた煙草を吸い、煙を漂わせた。



聖人「誰にも触れさせたくないくらい、大切すぎる存在」



電話を切り、スマホを持っていた手をだらんとおろして聖人は俯く。



聖人「やっと……戻って来られた……」



苺は家に入って、テーブルの上に聖人からもらった花とトランプ、そしてポストに届いていたカードを開封して並べ、ジッと見つめていた。

トランプとカードに描かれた文字と絵は一緒で、同じ人物が書いたようにしか見えない。




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