【シナリオ】色に触れる、青に歩く
◇ 第13話『寄り添う、ということ』
(春海)
「大丈夫」って言葉が、
一番苦しい時に、私の口癖だった。
本当は、大丈夫じゃなかったのに。
本当は、誰かに気づいてほしかったのに。
壊れてしまいそうな心を、
誰にも見せないことで守ってきた。
……でももし、
そっと触れてくれる誰かがいたなら、
私、もう少しだけ前に進める気がするの。
◇地方新聞の掲載
⚪︎春海のフェス作品『内側の、光』が、地元紙で紹介される。
記事抜粋:
「布に込めた『光』と『陰』——
人の心の内を映すような作品」
「“手のひらの感情”を感じる絞り染めの静けさ」
⚪︎春海は工房で記事を見つめ、ぽつりとつぶやく。
春海(小声):
「本当に、誰かに伝わってるんだ……」
⚪︎母は静かに微笑む。
母:
「あなたが“閉じた心”を開いたから、
きっと布も、それに応えてくれたんだと思うよ」
◇真白、連載決定
⚪︎大学の出版社で、真白に正式な連載依頼の連絡が届く。
編集者:
「タイトル案も素晴らしい。“青を歩く”。
春海さんの影響が文章にも滲んでるね。
心を“静かに染める”文章って、珍しいよ」
⚪︎真白は笑って、でもどこか不安げに言う。
真白:
「彼女のこと……ちゃんと見てるつもりだけど、
本当に大事なこと、まだ何も知らない気がして」
◇春海、過去に触れる影
⚪︎その夜。
春海の工房に届いた1通の封筒。
差出人は“かつての絵画教室の講師”からだった。
⚪︎思わず手が震える。
手紙の文面には、たったひとこと。
「君の作品が載っているのを見たよ。懐かしいね」
⚪︎春海はそのまま、手紙を握りしめてうずくまる。
春海(心の声):
「やめて……なんで今さら……。
もう、思い出したくない……」
◇真白の家にて
⚪︎春海は真白の部屋へ。
顔色は悪く、ほとんど言葉を発さない。
真白:
「春海さん……今日は、どうした?」
⚪︎返事がないまま、春海は床に座り込む。
静かに膝を抱え、うつむいたまま。
⚪︎真白はソファに座り、少し距離を置いた位置から、
ゆっくりと春海を見つめる。
真白(静かに):
「……話したくなかったら、話さなくていいよ」
⚪︎春海は肩を震わせながら、少しずつ言葉を吐き出す。
春海:
「私、小学生の頃……通ってた絵画教室で、
怖いことがあったの……」
⚪︎涙で言葉が続かない。
真白は近寄ろうとしない。ただ、そこに“いてくれる”。
真白(優しく):
「聞かなくても、ちゃんと感じてるよ。
無理に言葉にしなくていい。
春海さんが“ここにいる”って、それだけで嬉しいから」
◇夜が更ける
⚪︎真白がそっと、机の上の本を一冊取り出し、春海に渡す。
真白:
「“光の描き方”ってエッセイ。
痛みの中にある光を、どう表現するか——
俺、この本に救われたんだ」
⚪︎春海は少し顔を上げ、本のページを開く。
本文引用(エッセイ内):
「人の心には“触れられたくない傷”がある。
でも、それを“見つめてくれる誰か”がいたら、
その傷は少しずつ“自分の一部”になっていける。」
⚪︎春海の瞳から、ひとすじの涙が落ちる。
春海(震える声で):
「……ありがとう。真白さん。
私、あなたのそばにいて、よかった」
(真白)
春海さんの心にある痛みは、
きっと俺なんかには触れられないほど深い。
でも、それでもいい。
彼女が“そばにいてもいい”って思ってくれるなら、
その隣で、静かに一緒に呼吸していきたい。
◇翌朝の工房
⚪︎春海は窓を開け、新しい白い布を張っている。
春海(心の声):
「今日は、新しい“青”を染めよう。
昨日までの涙じゃなくて、
これからの光に向かっていく色を——」
⚪︎一歩ずつ、痛みを抱えながらも歩いていく春海。
彼女の表情には、確かな“生”の気配が宿っている。