【シナリオ】色に触れる、青に歩く
◇第15話(最終話)『いま、手を繋ぐ』
(春海)
人は誰でも、ひとりでは生きられないって言うけれど、
「誰かと生きる」ことの難しさを、私はようやく知った。
好きになるほど、相手の眩しさが怖くなった。
一緒にいたいと思うほど、自分の足りなさに目がいってしまう。
それでも、私は——
もう一度、誰かと未来を信じたいと思えたの。
あなたが、私の手を離さずにいてくれたから。
◇春海、照井との最終打ち合わせ(ギャラリー「hibi」)
場所は、自然光が差し込む北青山のギャラリー。
ガラスの展示棚の上に、春海が染めた試作のスカーフがふわりと置かれている。淡い藍のグラデーションが、まるで朝霧のように静かに広がっている。
照井(ディレクター):
「……この布、どこか“余白”があるよね。商品としては、もう少し色を乗せたいって意見もあるけど」
春海:
「……そうですね。でも、私は“余白”のある布が好きなんです。
手に取った人が、その余白に自分の感情をのせられるような。
誰かの“静かな時間”に寄り添える布を、作りたくて」
照井:
(しばらく黙って春海を見る)
「……その答えが出せる人なら、大丈夫だ。
商品じゃなくて、“思想”を作ってる人の目をしてる。
——俺、期待してます」
春海は驚いたように目を見開き、それから少し笑った。
自信なんてまだない。でも、「あなたの色は伝わる」と言ってくれた人がいた。
その言葉を、今日だけは信じてみたいと思った。
◇真白、結果発表の朝
大学の図書館、朝の光が差し込む静かな閲覧席。
真白はスマホの画面を見つめていた。新人賞の最終結果の発表日。
手が少し震える——けれど、それは恐れではなく、ここまでたどり着いた日々への静かな敬意だった。
メッセージ通知(編集者より):
「惜しくも受賞は逃しましたが、文芸編集部内での評価は非常に高いです。
これから連載を軸に、一緒に育てていければと思っています」
真白は、静かに画面を伏せて目を閉じた。
悔しさはないわけじゃない。でも、それ以上に、自分の言葉が誰かに“届いていた”という実感の方が、ずっと胸に残っていた。
真白(心の声):
「“春海さんに出会えた”から、俺はこの小説を書けたんだ。
その事実だけで、十分意味があった。
俺は、これからも書いていける——」
◇夜の工房、春海の決意
雨が静かに降る夜。
春海の工房には、小さなスタンドライトと、にじむ布の香りが漂っていた。
布ににじむ青。
ろうけつ染めのラインが、まるで春海の心の迷いそのもののように、震えていた。
春海(心の声):
「夢って、叶い始めると、逆に怖くなる。
誰かと比べてしまうし、前に進んだぶんだけ“孤独”を感じる。
でも、真白さんは——そんな私にも、“いていいよ”って言ってくれた」
手元にある、真白から届いた短編集の見本誌。
そこには、春海をモデルにしたと思われる主人公が、夜の海を一人歩く場面が描かれていた。
“私はもう、自分の足で歩いている。
この青が、私の証になると信じて。”
春海の目に、静かに涙がにじむ。
彼の言葉が、自分の背中を押してくれていた——ずっと前から。
◇ふたり、もう一度向き合う
春海の工房。
ドアのチャイムが鳴る。
開けると、そこには雨に濡れた真白が立っていた。
濡れた前髪を押さえながら、彼はぎこちなく笑う。
真白:
「……会いたくなって、来た」
春海は何も言わずに、そっとタオルを差し出す。
2人は工房の中央で向かい合う。空気はあたたかいのに、どこか震えていた。
春海:
「私、怖かった。夢が動き出して、自分がどこへ行くのかわからなくなって……
真白さんと、同じ景色を見ていたいのに、追いつけない気がして」
真白:
「……俺もそうだったよ。
書けば書くほど、“春海さんにふさわしくないんじゃないか”って思った。
でも……違った。
“ふさわしい”とかじゃなくて、俺はただ、“隣にいたい”だけなんだって、気づいた」
真白は、そっと春海の手を握る。
真白:
「未完成なままでもいい。迷ってもいい。
一緒にいられたら、それだけで、俺は強くなれる。
——春海さん、これからも“手をつないで”くれる?」
春海の目に涙が浮かぶ。けれどその涙は、
迷いではなく、“確信”の色をしていた。
春海(涙声で微笑む):
「……うん。ずっと、つないでいて。
私、もう逃げない。
“怖いまま”の自分を、あなたと歩いていきたい」
そして、ふたりはもう一度、手をしっかりと重ねた。
◇未来の兆し
•春海のスカーフが、青山のセレクトショップで取り扱い開始。
•真白の短編集『青を歩く』が本屋に並び、文芸誌で紹介される。
•公園のベンチに座るふたり。スケッチブックをめくる春海と、横で小説の構成を考える真白。
•春の風に乗って、ふたりの笑い声が静かに響く。
◇(ふたりの声)
春海:
傷ついた過去も、不器用な今も、
あなたの手が触れるたびに、色づいていく。
真白:
言葉にならなかった感情を、
君の布が、そっと抱きしめてくれた。
ふたり:
だから今、未完成なままの“わたしたち”を、
いちばん誇りに思える。
【Fin.】


