【シナリオ】色に触れる、青に歩く
◇第2話『小さな取材と、はじめての色』
◇春海の自宅・染織工房
⚪︎扉が、ゆっくりと開く。
⚪︎春海は、ほんの少しだけ顔を覗かせたまま、手すりにしがみついていた。
⚪︎真白、ゆっくり一歩だけ前に出て、深く頭を下げる。
『はじめまして。真白 奏多といいます。
突然お手紙をお送りしてしまって……無理を承知で、来てしまいました』
⚪︎春海の瞳に、少しだけ警戒の色。
⚪︎けれど、真白は続けた。
『春海さんの染めた布を、論文を通して見たとき──
まるで色が、言葉を持って語りかけてくるような気がしたんです。
それがすごく、胸に残って。……もっと知りたくなりました』
⚪︎春海は、長く黙っていた。
⚪︎玄関の軋む匂いと、庭の木々の葉擦れが、沈黙を包みこむ。
⚪︎やがて、春海が小さな声で呟く。
『……私、人と話すの、すごく……下手で。怖くなることもあって。
それでも……いいなら』
⚪︎真白の表情が、ふっと緩む。
『もちろんです。無理はしません。……玄関先でも、声だけでも、構いません。
今日は、少しだけ、お時間をいただけませんか?』
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◇染織工房内(20分後)
⚪︎工房に通された真白。
春海は少し距離を取りながら、自分の機織り機の前に座っていた。
⚪︎真白は周囲を見回し、丁寧に空気を読むように話し出す。
『この藍色、すごく深くて……でもどこか柔らかいですね』
『……藍は、空気と触れることで色が変化するんです。
もともとは透明な液体なんですよ。発酵して、酸化して、青くなる』
⚪︎春海の声は震えながらも、どこか芯があった。
⚪︎自分が好きなこと、自分だけの言葉──それが彼女を支えているのだと真白は感じた。
『……それって、まるで人みたいですね』
『……人?』
『誰かと触れ合うことで、初めて色づく──って、そんな感じがして。
怖さも、勇気も、色になるのかもしれないって。……すみません、変なこと言いました』
⚪︎春海、少しだけ目を見開いたあと──ふっと、口元を緩めた。
『……変じゃない、です。むしろ……そんな風に言ってもらったの、初めてです』
⚪︎その瞬間、春海の表情に浮かんだ笑みは、とても淡くて、でも確かに温かかった。
◇春海の家・門前(夕方)
⚪︎取材が終わり、真白が玄関を出る。
春海は少しだけ顔を出しながら、見送っていた。
『今日は、本当にありがとうございました』
『……こちらこそ。……あの、また来ても、いいですか?』
⚪︎春海、ほんの少しだけためらって──
『……はい。ゆっくりなら、たぶん……大丈夫です』
⚪︎真白の目に、やわらかな光が宿る。
っと、知りたい。触れてみたい』