【シナリオ】色に触れる、青に歩く
◇第9話『社長の息子と、布工房の娘』
(春海)
恋って、ただ“気が合う”だけじゃ続かない。
育ってきた場所も、歩いてきた道も違うから、
好きだけでは埋められない距離があるんだと思う。
でもそれでも……
私は、彼の隣に立ちたいと思った。
◇白蓮社 社長邸(都内一等地の邸宅)
⚪︎真白に誘われ、春海はついに彼の「家」を訪れる。
⚪︎築100年超の近代和洋折衷建築。
玄関ホールの重厚なステンドグラス、天井まで届く書棚。
絨毯を踏む音すら、音がするような静けさ。
⚪︎春海は明らかに緊張している。
◇迎えるのは、真白の父・真白一晃(いっこう)
⚪︎白髪に眼鏡、背筋の伸びた、静かな威厳を持つ人物。
一晃:
『春海さんですね。ようこそ。
……奏多が“染織の人”を家に連れてくるとは思いませんでしたよ』
⚪︎笑っているが、その目は“観察者”としての鋭さを宿している。
◇応接室:春海・真白・一晃の三人
⚪︎話題は春海の作品へ。
一晃:
『あの藍の使い方は独特ですね。
どこで学ばれたのですか? ご家族の影響でしょうか』
春海:
『……はい。祖母が工房をしていて、今は母と二人で続けています。
私は通信制の大学で染織を学んでいます』
⚪︎一瞬の沈黙。
真白が気まずそうに視線を落とす。
⚪︎春海の顔にも、わずかな陰が差す。
一晃:
『なるほど。……職人のご家庭ですか。
奏多とは、なかなか違う道を歩んできたようですね』
◇会話終了後・庭先に出た春海と真白
⚪︎春海は少しうつむいて、無理に笑っている。
春海:
『すごく、緊張した。……なんか、場違いだったかも。』
真白:
『そんなことないよ。父もあんな言い方だけど、作品のことはちゃんと見てる。
でも……ちょっと距離のある人なんだ』
⚪︎春海は小さくうなずく。
春海:
『あなたの家って……本当に“別の世界”だね。
私なんて、染料で爪も染まってるし、土間の匂いが取れない手で……。
ちょっと恥ずかしかった』
◇真白、春海の手を取る
⚪︎黙っていた真白が、春海の指先をそっと取る。
爪の間に、わずかに残る藍の跡。
真白(静かに):
『俺、この手が好きだよ。染料の匂いも、ちょっと硬い指も、
全部“春海の作品”に繋がってるって思うから』
⚪︎春海は、不意に胸が詰まり、言葉が出ない。
春海(震える声で):
『……でも、それだけじゃ、生きていけない世界もあるでしょ。
“家柄”とか、“格”とか……』
真白:
『そんなもん、俺が壊してやるよ』
⚪︎真白の声は、穏やかだけど、どこか本気の熱がこもっていた。
◇回想:真白の過去
⚪︎小さいころから「白蓮社の跡継ぎ」として育てられた。
⚪︎作家志望の夢は「家のために役立つなら認めてもいい」としか言われなかった。
⚪︎だから、今の自分の“生き方”は、父からすれば「中途半端な理想主義者」だと理解している。
でも、俺は……俺自身の“仕事”で、自分の道を作りたい。
そして“選びたい”。誰と生きていくかを。
◇夜:帰り道・並木道
⚪︎家に戻る電車の中、春海は真白の肩に寄りかかる。
春海:
『……ありがとう。私、すごく怖かったけど……
それでも、あなたの隣にいたいって、ちゃんと思ったよ』
真白:
『うん。……俺も、ちゃんと“この世界”の中で、春海さんと並べる自分になりたい』
(春海)
手を取ってくれる人がいる。
違う世界で育った私たちだけど、
“未来”は一緒に染めていけるのかもしれない。
少しずつ、そう思えるようになってきた。