蒼銀の花嫁 〜捨てられ姫は神獣の番〜
「遅かったじゃない……」
「すまない。最後の調整に手間取っていた。王都の守りも、整えなくてはならなかったから」
セレナは微かに笑みを浮かべたが、それはどこか寂しさを含んでいた。
「……もう、引き返せないのね。これが始まれば、誰かが傷つく」
アグレイスは何も言わず、彼女の肩を引き寄せた。
その温もりが、風の冷たさをほんの少しだけ和らげてくれる。
「君は、怖いか?」
小さく、けれど確かにセレナはうなずいた。
「ええ。怖いわ。誰かを失うのが怖い。……いえ、誰よりも、あなたを、失うのがいちばん怖い」
その言葉に、アグレイスは眉をひそめた。そして、真剣なまなざしで彼女の瞳をのぞき込む。
「俺は、生きて帰る。それだけは約束する。君と、もう一度王都の朝を迎えるために」
「……本当に?」
「ああ。君が信じてくれるなら、俺は生きて帰る」
ふたりの間に、確かな気配が通った。
それは長い旅路の果てに育まれた、強い絆の証だった。
その瞬間、丘の下から角笛の音が響いた。
戦の準備が、整ったことを告げる合図。
空が少しずつ白み始める。夜が明ける。
新たな時代が、戦いの果てに待っている。
セレナはアグレイスの手を取り、しっかりと握り返した。