トモダチメイド
俺のメイドだろ?
「うぅ……無理……恥ずか死ぬ……」
春馬の部屋の前で、私は一人自分の羞恥心と格闘していた。
焼きたてのマフィンとコーヒーの載ったトレーを持って。
『春馬の好きなものでも差し入れてやりなよ。絶対アイツからは動かないんだしさ』
そんなアドバイスをもらった私は、その後すぐに行動に移した。
春馬の好きな甘い物──チョコマフィンを焼いたのだ。
さっき帰ってくるなりに部屋に閉じこもってしまった春馬に、コーヒーも淹れて。
ただ一つ、難点なのはこの姿だ。
英二さんが仕事場からもらってきたというこの衣装。
黒のミニワンピースに、フリルのたくさんついた白いブラウスとひらひらのエプロン。
────そう、メイド服だ。
『弥生ちゃんに似合うと思って』
とにこやかに言い放った英二さんに、葵君と二人で言葉を無くしてのは言うまでもない。
そしてそれをしっかりと着てここまで来たあたり、私もたいがいだと思う。
そう、今私は、完全に春馬のメイドとなったようなものだ。
私は一度大きく深呼吸をしてから、コンコンコン、と三回ドアを叩いた。
「誰?」
扉の向こうから声がする。
「わ、私」
そう言うと、少しだけ黙ってから、扉の向こうの春馬が「どうぞ」といったのが聞こえた。
「おじゃましまーす……」
ドキドキとうるさい鼓動を抱えながらも、ゆっくりと扉を開き、春馬の部屋へと足を踏み入れる。
シェアハウスの春馬の部屋に入ったのは初めてだけれど、春馬の家の彼の部屋と同じようにほとんど物がない。
ただ一つ、大きな本棚にぎっしり詰まった本だけが、昔入った彼の部屋の面影を持っていた。
「何の用──っ!?」
私の姿を見るなりにこれでもかというほどに目を見開いて固まってしまった春馬に、私は顔が熱くなるのを感じた。
「おまっ……なっ……それ……っ」
「こ、これは英二さんがっ……!! 仕事場からもらって来たって……その、メイド、だから、って……それでっ……!!」
羞恥心からパニック状態に陥った私はもはや何を言っているのか、言い訳すらもまともにできていない状況だ。
そんな私を春馬がじっと見つめる。
「うぅっ……」
私はその視線にいたたまれなくなって、勢いのまま春馬に手に持っていたトレーをずいっと差し出した。
「これ!! マフィン焼いたから!! その……きりの良いところで食べて!!」
「え…‥これ……。……お前が焼いたの?」
突然差し出されたそれに呆然と尋ねる春馬に、私は小さく何度も頷いた。
早く受け取ってほしい。
そして早くこの場から退散したい。
羞恥心にどうにかなってしまいそうな私は、ただ俯いてそれが受け取られるのを待つと、ゆっくりと、私の手から重みが消えた。
「……ありがと。すぐ、もらう」
ぶっきらぼうにも短く応えた春馬に、私はほっと息をつく。
よかった。
そんなの要らないとか言われなくて。
そして私は安堵に満ちた顔を上げた。
「じゃ、じゃぁ、私行くね!! お邪魔しまー……っ!?」
部屋を出ていこうとした瞬間、私の手がぐっと強く引き込まれ、ぼすんと自分の顔が固くて暖かいものに埋もれた。
「っ……!?」
春馬の香りに包まれるその状況に、私は思わず息をするのも忘れて身体を硬直させた。
バランスを崩して飛び込んだわけではない。
意図的に抱きしめられているという信じられない状況に、先程の比じゃないほどに鼓動が速くなる。
「は、はる──」
「……その格好、もうあいつらに見せた?」
耳元でかすれたように響く春馬の声。
私はパニックで声を出せない代わりに、首を横に振って精いっぱい否定の意を表すと、安心したような息が頭上から漏れた。
「……なら、俺の部屋出たらすぐ自分の部屋で着替えて。他の奴に見せんな」
「~~~~~~~っ!?」
何だこれは……。
神様は私になんてご褒美……いや、試練を与えているんだ。
「あと────」
「へ……?」
「俺が食べるまで、ここにいること」
「なんっ……!?」
熱くなった顔を上げた私を、春馬が少しだけ悪い笑みを浮かべて見下ろした。
「お前は、俺のメイドだろう?」
「~~~~~~~~~~~~~っ!!」
あぁ、神様。
私はもう、無理です。