トモダチメイド

父からの便り


そわそわ……。
そわそわそわ……。

「っはぁぁあああああああ……」

ダメだ。落ち着かない。
せっかくの日曜日だけれどどこにも出かける気にもなれないまま、私は一人悶々としている。

だって今日は、春馬のキスシーンの撮り直しの撮影がある日なんだから。

昨日流れに任せてキスの練習をしてしまった私達だけれど、特に変わったことはない。
触れるだけの優しいキス。
唇が離れて春馬を見つめると、春馬はじっと私を見下ろしてから「……なんかできそうな気がしてきた」とだけ言って、また台本に目を向けてしまって、私もそのまま部屋を出ていってしまったからだ。

意識していたのは私だけなのだと心が痛くなるのを感じながらも、いつも通り振舞えたと思う。
そして今朝、春馬は私に「今日、撮り直してくるから」とだけ告げて、家を出ていった。
正直そんな報告、いらない。
もうそのことしか考えられないじゃないか。

「はぁ……」
今頃春馬は女優さんとキスシーンをしているのだろうか。
私が小さくため息をついた、刹那──。

ブルブルブル、とリビングの机に置いていた携帯が振動する。
表示画面には『お父さん』。
「え!!」
私は急いで通話をオンにすると、「お父さん!? 大丈夫!? 今どこ!? 何してるの!?」と矢継ぎ早に言葉を繰り出した。

だってあんな手紙一つで急にいなくなってしまったのだから仕方がないだろう。

「弥生、元気そうでよかった。あんな手紙だけ残していなくなってごめんな。実はな、うちの会社の倒産について少し不審な点があって、斗真に協力してもらって調べていたんだ」

久しぶりに聞いた父の声は落ち着いていて、変わったところもなく、私は安堵の息をついた。
斗真というのは春馬のお父さんの名前だ。
おじさんはお父さんの行方について把握していた、ということなのだろう。

「やっと、うちの顧問弁護士によるライバル企業との裏取引の証拠を見つけてね。近く会社をうちのものに戻すことが出来そうなんだ」
「!! よかった……。よかったね、お父さん……!!」

うちの会社は小さいながらも母と父二人で作り上げた、父にとっても私にとっても大切な会社だ。
それが戻ってくるのは、娘としても喜ばしい。

「ひと段落して家に帰れることになったし、今夜そっちに迎えに行くから、荷物をまとめておいてくれ。斗真には話は通しているからね」
「え? ちょ、今夜って──」
「おっと、そろそろ新幹線が来る。じゃぁ、待っててくれ」
「ちょっと!? お父さん!?」

そう言うだけ言って切れた電話に、私は呆然と形態を見つめた。

今夜、迎えに? って……そんな突然な……。

戸惑う私の背後で「弥生ちゃん?」と声がかけられて振り返ると、そこにはつかささんと英二さん、葵君が立っていた。
そう言えば今日は三人ともオフだって言ってたっけ。

「大丈夫? なんかあった?」
私の様子につかささんが眉を顰める。
英二さんも葵君も、心配そうに私を見つめる。

「実は──……」

私は3人に話した。
父親が帰ってくる事。
今夜迎えに来ること。
そして、春馬には連絡しないでほしい、ということ。

「え、何で? 言ったら多分飛んで帰ってくると思うけど?」
葵君の言葉はもっともだ。
春馬はあぁ見えて義理堅いし人情に篤い。
だけど今顔をあわせたくはないのだ。

「はは。もしかしてキスシーン前にキスでもしちゃった? ほら、キスシーンの練習にー、みたいな」
「!?」
英二さんから放たれたその核心をついた言葉に、私はギョッとした顔で固まってしまった。
その様子に、つかささんが恐る恐る尋ねた。
「……まさか、マジ?」
「……」
黙って小さくうなずく私に、3人が息を呑む。

「そっか……。なら仕方ないな。はっきりしない春馬が悪い」
「へ?」
あっけらかんとそう言い放って、つかささんがパンッと両手を叩いた。

「そうと決まったら、買い出し行くぞー。今夜は春馬抜きで、弥生ちゃんのお別れ会だ!!」
「おーーーっ!!」

頭が追い付いていかないままにお別れ会の開催が決まり、その夜、盛大なお別れ会をしてもらった私は、迎えに来た父と共にシェアハウスを去っていった。



















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