神様はもういない
「あゆり?」
 下唇を噛んで俯いた私を見て、彼がまた心配そうに私の名前を呼ぶ。この五年間、慣れ親しんだ彼の声。彼を失ってから半年間、ずっと聞きたかった声。もう二度と聞くことができないのだと思い知って、絶望に打ちひしがれたいくつもの夜を思い出した。
 顔を上げて、湊の頬に手を伸ばす。その手に触れようとした瞬間、テーブルの上に置いていたスマホが震えた。
 湊が私と同じタイミングでスマホのほうを見やる。
 LINEの通知だ。
 画面に浮かび上がるポップアップ通知の「宗岡雅也」という名前を、彼が見ないように、無意識のうちに心の中で祈ってしまう。
「あゆり、スマホが」
 彼がスマホのほうに手を伸ばそうとした。が、その手がスマホに届く前に、私は自らそれを手に取った。
「ごめん、同僚から連絡みたい」
「そうなんだ。あゆり、確か転職したんだよな」
 湊が転職をしたことを知っていることは意外だった。転職は彼がいなくなったあとの出来事なのに、その辺の事情は理解しているのか。
「あれ、俺なんであゆりが転職したって思ったんだっけ……」
 ぽりぽりと頭を掻きながら不思議そうに首を傾げる。「おかしいなー」ととぼけた様子でつぶやいているのを見ると、彼は自分でもなぜ私の転職の事実を知っているのか、分からないようだった。
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