神様はもういない
「あ、危ね〜……あゆ——山名さん大丈夫ですか?」
「は、はい……。すみません。ほっとして力が抜けてしまって」
 雅也の腕の中から、彼の顔を見上げる。同僚たちに見られて恥ずかしすぎて顔にどんどん熱が溜まっていくのが分かった。だけど、そんな私に構わずに、雅也が「やったな!」とタメ口で叫ぶ。
「俺たちの仕事が認められたんだ。あゆりのおかげだ。あ、みなさん、俺たち実は付き合ってます。今後とも温かい目で見守っていただけると嬉しいです! それではお疲れ様です!」
 えっ、と周りのみんなが声を上げるのも無視して、雅也はそそくさと私の手を引いて部屋から飛び出した。そのまま二人でオフィスから出て、早足で会社から離れていく。
「ちょっと雅也、突然あんなこと言って、恥ずかしいじゃん!」
「いいでしょ。だってもう、あゆりは誰にも渡さないって決めたし」
「〜〜〜〜!!」
 恥ずかしくて、でも嬉しすぎて胸がきらきらとときめく。こんな気持ちになったのはいつぶりだろう。湊を好きでいた時と同じくらい、私はいま、このひとのことが好きだ。
 メラメラと燃えるような恋ではないかもしれない。だけど、静かで穏やかながらも熱く燃える青い炎みたいに、雅也を想う気持ちがどんどん膨らんでいく。
「さーっ、明日から大変だな? 質問責めにされるぞ〜」
「そんな他人事みたいに! ちょっとは助けてよね」
「もちろん。お姫様のもとへすぐに駆けつけますよ」
 にんまりと笑う雅也は、私の知っている優しいだけの彼じゃなかった。
 まだまだ知らない一面がある。
 その事実が、私のこの胸の高鳴りを一気に押し上げていく。
 今日も、明日も、十年後も。
 雅也の新しい一面を見つけて笑っていられますように。
 
 神様はもういない。
 ここにいるのは大きな愛で私を包み込んでくれる最高の恋人だけだ。

<了>
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