ヒトの恐怖は蜜の味

第7話 魔法の練習

 魔界では魔力を使って魔法を起こす。これは悪魔しか行えないが、使い魔を得たゆずにもできるはずである。つまりゆずは「魔」の世界に片足を踏み入れたのだ。

「呪文とかって使うの? さっき契約した時みたいな」

魔法を教えられることになったゆずは、目を輝かせていた。

「自分の魔力に命じるんだ。大がかりな魔法を使う時には古の言葉を使うこともある。例えば”水を生み出せ”」

セオドアが唱えると、ゆずの血を入れていた盃に水が溢れた。青い光がはじける。

「すごーい」
「そうか、すごいか」
「うんうんすごいよ!」
「そうかそうか」

セオドアは褒められ慣れていない。素直な賞賛を浴びて口元を緩ませる。

「じゃあお前もやってみろ」
「うん!」
「待って」

うきうきで盃を受け取ろうとしたゆずからそれを取り上げ、クライヴが外を指した。

「ゆずさんの魔力量を考えると外に行った方がいいだろうね」
「確かに……」
「そうなの?」

 きょとんとするゆずを中庭まで案内して、クライヴはひらひらと手を振った。

「僕は魔王様に報告してくるから」

セオドアの肩が跳ねる。

「っ……す」
「そんなに気にしなくても怒られないよ」
「はい……」

何かしらの処分はあるだろう。5千年かけて召喚した人間を、勝手に実験材料にしたのだから。

「怒られるときは一緒だよ。私だってクライヴやレジナルドに相談せず決めたし、何よりあめっこ王子のご主人様だし」
「そりゃあ心強い」
「あ、思ってない」

ゆず自身には期待していないが、人間が味方になれば、少なくとも処刑は免れるだろう。

「まぁまぁ、悪いようにはしないから」

クライヴの言葉は信用できる。何せ魔王の宰相候補だ。

「覚悟はしときます」

甘えない弟子に苦笑しながらクライヴは立ち去った。

 「じゃあやりますかー!」
「おう」

どことなく緊張を纏っているセオドアの背中を叩いて、ゆずは盃を掲げた。

「盃を……なんだっけ」
「命じ方はなんでもいいが、とにかく具体的に。『盃を』で始めるなら『水で満たせ』が妥当だな」
「なるほどなるほど。”盃を水で満たせ”……あれ? なんも起こらないよ?」

セオドアの時には青い光が綺麗だったのに、とゆずが首を傾げる。その時、白い光がゆずを包み、天に昇って行った。

「これはまずいやつかもな」

直後、滝のような大雨が魔界全土に降り注いだ。雨雲で空が暗くなる。

「ニンゲンに魔法を使わせるとこうなるのか! どうだ、盃は満ちたか!?」
「あ、うん。もう少し」

セオドアが興奮を抑えきれずに叫ぶ。ゆずは実感が湧かず、むしろ冷静になっていた。

 やがて盃が溢れ出すと雨は止み、何事もなかったかのように光がさす。

「盃一つに雨ごいか。派手なのは嫌いじゃない」

セオドアが目を輝かせ、紙とペンを取り出して何やら記録し始めた。

「魔法ってなんでもできるの?」
「いや、使い魔の俺が人魚……水属性だから、水属性の魔法しか使えない」
「水を操ったり、水を作ったり?」

セオドアがペンを走らせながら頷く。不思議だ。セオドアと話していても怖くない。クライヴやレジナルドもだが、ヘビ男のような捕食者の目をしないからだろうか。

「あめ太は悪魔なのに私をいじめたくならないんだね」
「そうだな。データの塊にしか見えない」

クライヴの弟子らしい回答だ。ゆずは安心して芝生に腰を下ろした。今日はいろいろあって疲れている。

「お前、口調が丁寧な時があるな」

セオドアのペンが止まる。ゆずは膝に顔を埋めて答えた。

「気持ちで負けたくなくて。私だって、知らない人には敬語で話すくらいのしつけはされてる」

それを聞いて、セオドアの「食欲」が瞬発的に増した。弱いくせに虚勢を張って。なんと健気でウマソウダ。

「ん? どしたの? だまちゃって」
「……いや、なんでもない」

なるほど、この生き物を拷問してもいいと言われたら、確かに加減はできないだろう。殺してしまうかもしれない。

「あ、でもあめ太とはずっと素で話せてる」
「どーも」

その感情をメモして、セオドアは筆記用具を片付けた。
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