FF〜私があなたについた嘘〜
一つ目の嘘
柱:
大学構内、昼休み
ト書き:
講義が終わり、昼食を食べるために学生達は教室から出ていく。
藤原誌香は一番後ろの席から立ち上がった。
すり鉢状の教室からは前の人物がよく見渡せる。
誌香「あ」
ト書き:
学生達の最後尾にいた、松本大輔が脇に挟んでいたノートから紙片が落ちた。大輔は気づかない。誌香が声をかけるには距離が離れすぎている。
モノローグ:誌香
なぜ、この紙片に私だけが気づいたのか。それは、私が奴をガン見していたからからだ。
ト書き:
誌香、教室を降りていき、紙片を拾う。
モノローグ:誌香
『だすけ』こと松本 大輔は、私とゼミも一緒で同じサークルだ。だけど彼への気持ちを意識していた分、隣に座るのは気恥ずかしい。
彼は眼が悪いし真面目だから、講義を前で聴く。
私は視力1.5だったから、堂々と彼の背中を見つめていられる、後ろの席を分捕るのが習慣になっていた。
ト書き:
誌香が松本が紙片を落とした場所まで降りてくる頃には、教室には誰もいなくなっている。
落ちている紙片が、誌香を『おいでおいで』していた。
ト書き:
落ちている紙片に誌香はいそいそと近づく。
ト書き:
紙片を拾おうと、誌香は屈みこんだ。
モノローグ:誌香
奴に『普通に』声を掛けられるチャンス!
誌香「何を落としたのかな」
ト書き:
紙面を確認した誌香、息を呑む。
ト書き:
誌香の手の中の拙いイラストがクローズアップされる。
(セーラー服の女子が微笑みながら消しゴムらしき物体を、目の前の人物=イラストの描き手=に差し出していると、『FF LOVE』と殴り書きの文字)
モノローグ:誌香
それは私の知っている女子の、(ちっとも似て居なかったけれど)数年前の姿だった。
ト書き:
誌香、のろのろと立ち上がるが、その後は教室で棒立ち。
顔はありえないものを見た、ような表情。
モノローグ:誌香
なんで数年前だと思ったのか。その子がセーラー服を着ていたからだ。そして、紙がとっても古びていたからだ。ずうっと持ち歩いていたような。
誌香「……正解、なんだろうな」
ト書き:
誌香、痛みを堪えるような表情になる。
モノローグ:誌香
勿論、私は数年後の彼女の事も、とてもよく知っていた。
ト書き:
セーラー服姿の『彼女』が成長して、大学生になった姿が誌香の脳裡に浮かぶ。
ト書き:
誌香の口元アップ。
誌香「ブンブン……」
モノローグ:誌香
何故って、”FF”のイニシャルを持っているのは、私こと藤原誌香とブンブンこと藤倉文。私が知ってる限り二人しかいないから。
そして、イラストに表現されていた素敵な笑顔。
誌香「私じゃない」
ト書き:
誌香の脳裡に、松本が仲間とはしゃいで1on1でバスケボールをしている姿。
モノローグ:誌香
松本は結構、恰好良くて人望があって人気者だった。
ト書き:
スーツ姿で舞台で、指揮者をしている松本の姿
モノローグ:誌香
学内の女子は勿論、ジョイントコンサートするたびに相手校の女子から告られていた。
ト書き:女子に囲まれている松本。
モノローグ:誌香
なのに不思議と彼女を作らない奴だった。その謎が初めてわかった。
誌香「ぶんぶんの事を好きだったから……」
ト書き:
誌香真っ青。口が呆然と開いている。
誌香「いつから?」
モノローグ:誌香
確か、ブンブンと松本は同じ高校からこの大学に来た筈だ。
ト書き:
なにかに気づいた、という誌香の表情
誌香「……もしかしたら高校から片思いしてて、彼女を追いかけてこの大学を選んだの?」
ト書き:
悲しそうにゆがむ、誌香の表情
誌香「その頃から二人は付き合ってたのかな。もしかして公認の仲なのを、私だけが知らなかったのかな」
ト書き:
誌香、自分の足元を見る
モノローグ:誌香
足元はぐらついてない。なのに私の中味だけ地震に遭っているようだった。
ト書き:
一筋の光明を見出した表情
誌香「それか。振られるのがイヤで、松本はまだ告ってない? そうだよ、きっとそう。うん、そうしよう。」
ト書き:
誌香、懸命に自分に言い聞かせる
誌香「……私の脳ってば」
ト書き:
苦笑する
誌香
「『ソンナ事ハ有リ得ナイ』とわかっているのに、ご都合主義だなあ」
ト書き:
泣き出す寸前の辛そうな表情へ
ト書き:
教室の外からバタバタ……と焦りまくっている足音が聞こえた。だんだん近づいてきたので、誌香は咄嗟にメモを自分のテキストに挟んだ。
ト書き:
バン! 引き戸式の扉が乱暴に開かれた。飛び込んできた松本が叫んだ。
松本「藤代(ふじしろ)っ、メモ用紙見なかったか!」
ト書き:
松本、焦りまくった表情。
それを見た誌香、胸の辺りの服を握りこむ。
モノローグ:誌香
やっぱり松本のだったんだ。……否定して欲しかったな。
ト書き:
パンパンに膨らんだ風船に針が刺される。プシュ、と空気が抜けていく風船。
モノローグ:誌香
私はパンパンに膨らませた恋心が、針で突かれた風船のように、ぷしゅうと弾けるのを感じていた。
『胸が破けるような』って、こういう時にぴったりな表現だなあ。
誌香「メモ? どんな」
モノローグ:誌香
ぎりぎりセーフだった。後ろめたさ100%だったけれど、しらばっくれてみた。
ト書き:
松本、真っ赤。照れている。
松本「B5位のノートの切れ端っ。ああっ、もしかしてお前見ちゃった?!」
ト書き:
松本、悲鳴のような声を上げながら、誌香に詰め寄ってきた。
誌香、普段見たことのない松本の表情に目をぱちくりさせた。
モノローグ:誌香
……これがきっと、パニくってる時の松本なんだ。ゼミでもサークルでもリーダーの彼は、大抵ニコニコしていた。こんな彼を見た事がなかったから、ある意味新鮮だった。
松本「見たよなっ!」
モノローグ:誌香
断定されてしまったが、私は咄嗟に嘘をついた。
誌香「知らないよ」
モノローグ:誌香
見ました、しっかりと。
松本「嘘だっ」
モノローグ:誌香
確かに嘘だけど。
ト書き:
松本、腕で顔を隠す。隠しきれていない額や耳、首まで真っ赤。
松本「最悪だっ、よりによってお前に見られるなんてッ」
誌香「聴こうよ、人の話を」
モノローグ:誌香
絶望的な物言いに、私によほど見られたくなかった事を知った。
心の中で反発する。私だって見たくなかった。
誌香「見ていない」
モノローグ:誌香
否定すれば、気が楽になるのかな? ほんの軽い気持ちだった。
ト書き:
松本、ますますイキリ立つ。顔は真っ赤。
松本「嘘つけ! さっきまで授業中も眺めてたんだ」
ト書き:
誌香、内心ショックだが表面上は平然としている
モノローグ:誌香
そんなに好きなのか。
松本がどれだけ、ブンブンのことを大事に思っているかが、よくわかる。
松本「だけど、テキストを貸す前に抜き取っておこうと思って探してみたら、無かったんだ!」
モノローグ:誌香
受けていたのは、受講希望者が多過ぎてA群とB群で二つに分けている、人気の授業だった。だから、すぐ気が付いて速攻、戻ってきたんだ。
ト書き:
誌香、納得する。しかし、やはり表面上は変わっていない表情。
誌香「落ちてたとしても、他の人が拾ったんじゃないの?」
モノローグ:誌香
悪いなと思ったけれど、私も意地になっていた。
ト書き:
松本、必死な表情でなんとか誌香を懐柔しようと試みる。
松本「またまたー。ネタは上がってるんだ。怒らないから。昼飯奢ってやるから、な? 早く返せっ」
ト書き:
しつこく食い下がる松本に、良心が咎める誌香
誌香「知らないってば」
ト書き:
誌香が拒絶したとたん、泣きそうに歪んだ顔になる松本。
モノローグ:誌香
還さなければ。だが、しらばっくれた後に『実は拾っちゃった、テヘ』とやるのは居心地悪くなってしまう。
だって。
ト書き:
責める松本、責められる自分の姿が脳裡に浮かぶ誌香
モノローグ:誌香
『どうして、隠した』
『どうして、しらばっくれたのか』
そんな事まで追及されたら、余計な事まで言ってしまいそうだ。
ト書き:
一瞬、目を閉じる誌香
ト書き:
ぶんぶんを好きな松本。
松本を好きな誌香。
不毛な三角関係の構図が脳裡に浮かぶ誌香。
モノローグ:誌香
彼には両想いの可能性がまだ残っているが、私には玉砕粉砕木っ端みじんの運命しか残っていなかった。
ト書き:
誌香、眼に力を入れて、松本の眼をじっと見つめる。
ト書き:
松本、もっと強い目力で誌香の眼を見つめ返してくる。
ト書き:
誌香の脳裡に土俵と力士が浮かぶ。
モノローグ:誌香
瞳同士で相撲をしているかのように、じりじりと土俵際に追いつめられている気分だ。
耐えろ! 耐えるんだ、私。ここを乗り切れば、なんとかなる。
ト書き:
絡み合っていた視線を、誌香が逸らす。
誌香「見てない。そんなもの落ちてなかった」
ト書き:
なおも反論してきそうな松本。
そうはさせじとする誌香。
誌香「それより急がないと。今日、部室で合宿の打ち合わせするんでしょ?」
ト書き:
松本、もう一度誌香の眼を覗き込んで来た。
ト書き:
誌香、内心ドキッとしたが、今度は目を逸らさない。
ト書き:
両者睨み合いの末、松本がため息をついた。
松本「……ああ」
ト書き
食堂に行く時間のなくなった二人、コンビニで弁当を買い、部室へ
ト書き
誌香のカバンの中のメモ
モノローグ:誌香
嘘と松本のスケッチをしまいこんだ鞄は、いつもよりも重く感じた。
大学構内、昼休み
ト書き:
講義が終わり、昼食を食べるために学生達は教室から出ていく。
藤原誌香は一番後ろの席から立ち上がった。
すり鉢状の教室からは前の人物がよく見渡せる。
誌香「あ」
ト書き:
学生達の最後尾にいた、松本大輔が脇に挟んでいたノートから紙片が落ちた。大輔は気づかない。誌香が声をかけるには距離が離れすぎている。
モノローグ:誌香
なぜ、この紙片に私だけが気づいたのか。それは、私が奴をガン見していたからからだ。
ト書き:
誌香、教室を降りていき、紙片を拾う。
モノローグ:誌香
『だすけ』こと松本 大輔は、私とゼミも一緒で同じサークルだ。だけど彼への気持ちを意識していた分、隣に座るのは気恥ずかしい。
彼は眼が悪いし真面目だから、講義を前で聴く。
私は視力1.5だったから、堂々と彼の背中を見つめていられる、後ろの席を分捕るのが習慣になっていた。
ト書き:
誌香が松本が紙片を落とした場所まで降りてくる頃には、教室には誰もいなくなっている。
落ちている紙片が、誌香を『おいでおいで』していた。
ト書き:
落ちている紙片に誌香はいそいそと近づく。
ト書き:
紙片を拾おうと、誌香は屈みこんだ。
モノローグ:誌香
奴に『普通に』声を掛けられるチャンス!
誌香「何を落としたのかな」
ト書き:
紙面を確認した誌香、息を呑む。
ト書き:
誌香の手の中の拙いイラストがクローズアップされる。
(セーラー服の女子が微笑みながら消しゴムらしき物体を、目の前の人物=イラストの描き手=に差し出していると、『FF LOVE』と殴り書きの文字)
モノローグ:誌香
それは私の知っている女子の、(ちっとも似て居なかったけれど)数年前の姿だった。
ト書き:
誌香、のろのろと立ち上がるが、その後は教室で棒立ち。
顔はありえないものを見た、ような表情。
モノローグ:誌香
なんで数年前だと思ったのか。その子がセーラー服を着ていたからだ。そして、紙がとっても古びていたからだ。ずうっと持ち歩いていたような。
誌香「……正解、なんだろうな」
ト書き:
誌香、痛みを堪えるような表情になる。
モノローグ:誌香
勿論、私は数年後の彼女の事も、とてもよく知っていた。
ト書き:
セーラー服姿の『彼女』が成長して、大学生になった姿が誌香の脳裡に浮かぶ。
ト書き:
誌香の口元アップ。
誌香「ブンブン……」
モノローグ:誌香
何故って、”FF”のイニシャルを持っているのは、私こと藤原誌香とブンブンこと藤倉文。私が知ってる限り二人しかいないから。
そして、イラストに表現されていた素敵な笑顔。
誌香「私じゃない」
ト書き:
誌香の脳裡に、松本が仲間とはしゃいで1on1でバスケボールをしている姿。
モノローグ:誌香
松本は結構、恰好良くて人望があって人気者だった。
ト書き:
スーツ姿で舞台で、指揮者をしている松本の姿
モノローグ:誌香
学内の女子は勿論、ジョイントコンサートするたびに相手校の女子から告られていた。
ト書き:女子に囲まれている松本。
モノローグ:誌香
なのに不思議と彼女を作らない奴だった。その謎が初めてわかった。
誌香「ぶんぶんの事を好きだったから……」
ト書き:
誌香真っ青。口が呆然と開いている。
誌香「いつから?」
モノローグ:誌香
確か、ブンブンと松本は同じ高校からこの大学に来た筈だ。
ト書き:
なにかに気づいた、という誌香の表情
誌香「……もしかしたら高校から片思いしてて、彼女を追いかけてこの大学を選んだの?」
ト書き:
悲しそうにゆがむ、誌香の表情
誌香「その頃から二人は付き合ってたのかな。もしかして公認の仲なのを、私だけが知らなかったのかな」
ト書き:
誌香、自分の足元を見る
モノローグ:誌香
足元はぐらついてない。なのに私の中味だけ地震に遭っているようだった。
ト書き:
一筋の光明を見出した表情
誌香「それか。振られるのがイヤで、松本はまだ告ってない? そうだよ、きっとそう。うん、そうしよう。」
ト書き:
誌香、懸命に自分に言い聞かせる
誌香「……私の脳ってば」
ト書き:
苦笑する
誌香
「『ソンナ事ハ有リ得ナイ』とわかっているのに、ご都合主義だなあ」
ト書き:
泣き出す寸前の辛そうな表情へ
ト書き:
教室の外からバタバタ……と焦りまくっている足音が聞こえた。だんだん近づいてきたので、誌香は咄嗟にメモを自分のテキストに挟んだ。
ト書き:
バン! 引き戸式の扉が乱暴に開かれた。飛び込んできた松本が叫んだ。
松本「藤代(ふじしろ)っ、メモ用紙見なかったか!」
ト書き:
松本、焦りまくった表情。
それを見た誌香、胸の辺りの服を握りこむ。
モノローグ:誌香
やっぱり松本のだったんだ。……否定して欲しかったな。
ト書き:
パンパンに膨らんだ風船に針が刺される。プシュ、と空気が抜けていく風船。
モノローグ:誌香
私はパンパンに膨らませた恋心が、針で突かれた風船のように、ぷしゅうと弾けるのを感じていた。
『胸が破けるような』って、こういう時にぴったりな表現だなあ。
誌香「メモ? どんな」
モノローグ:誌香
ぎりぎりセーフだった。後ろめたさ100%だったけれど、しらばっくれてみた。
ト書き:
松本、真っ赤。照れている。
松本「B5位のノートの切れ端っ。ああっ、もしかしてお前見ちゃった?!」
ト書き:
松本、悲鳴のような声を上げながら、誌香に詰め寄ってきた。
誌香、普段見たことのない松本の表情に目をぱちくりさせた。
モノローグ:誌香
……これがきっと、パニくってる時の松本なんだ。ゼミでもサークルでもリーダーの彼は、大抵ニコニコしていた。こんな彼を見た事がなかったから、ある意味新鮮だった。
松本「見たよなっ!」
モノローグ:誌香
断定されてしまったが、私は咄嗟に嘘をついた。
誌香「知らないよ」
モノローグ:誌香
見ました、しっかりと。
松本「嘘だっ」
モノローグ:誌香
確かに嘘だけど。
ト書き:
松本、腕で顔を隠す。隠しきれていない額や耳、首まで真っ赤。
松本「最悪だっ、よりによってお前に見られるなんてッ」
誌香「聴こうよ、人の話を」
モノローグ:誌香
絶望的な物言いに、私によほど見られたくなかった事を知った。
心の中で反発する。私だって見たくなかった。
誌香「見ていない」
モノローグ:誌香
否定すれば、気が楽になるのかな? ほんの軽い気持ちだった。
ト書き:
松本、ますますイキリ立つ。顔は真っ赤。
松本「嘘つけ! さっきまで授業中も眺めてたんだ」
ト書き:
誌香、内心ショックだが表面上は平然としている
モノローグ:誌香
そんなに好きなのか。
松本がどれだけ、ブンブンのことを大事に思っているかが、よくわかる。
松本「だけど、テキストを貸す前に抜き取っておこうと思って探してみたら、無かったんだ!」
モノローグ:誌香
受けていたのは、受講希望者が多過ぎてA群とB群で二つに分けている、人気の授業だった。だから、すぐ気が付いて速攻、戻ってきたんだ。
ト書き:
誌香、納得する。しかし、やはり表面上は変わっていない表情。
誌香「落ちてたとしても、他の人が拾ったんじゃないの?」
モノローグ:誌香
悪いなと思ったけれど、私も意地になっていた。
ト書き:
松本、必死な表情でなんとか誌香を懐柔しようと試みる。
松本「またまたー。ネタは上がってるんだ。怒らないから。昼飯奢ってやるから、な? 早く返せっ」
ト書き:
しつこく食い下がる松本に、良心が咎める誌香
誌香「知らないってば」
ト書き:
誌香が拒絶したとたん、泣きそうに歪んだ顔になる松本。
モノローグ:誌香
還さなければ。だが、しらばっくれた後に『実は拾っちゃった、テヘ』とやるのは居心地悪くなってしまう。
だって。
ト書き:
責める松本、責められる自分の姿が脳裡に浮かぶ誌香
モノローグ:誌香
『どうして、隠した』
『どうして、しらばっくれたのか』
そんな事まで追及されたら、余計な事まで言ってしまいそうだ。
ト書き:
一瞬、目を閉じる誌香
ト書き:
ぶんぶんを好きな松本。
松本を好きな誌香。
不毛な三角関係の構図が脳裡に浮かぶ誌香。
モノローグ:誌香
彼には両想いの可能性がまだ残っているが、私には玉砕粉砕木っ端みじんの運命しか残っていなかった。
ト書き:
誌香、眼に力を入れて、松本の眼をじっと見つめる。
ト書き:
松本、もっと強い目力で誌香の眼を見つめ返してくる。
ト書き:
誌香の脳裡に土俵と力士が浮かぶ。
モノローグ:誌香
瞳同士で相撲をしているかのように、じりじりと土俵際に追いつめられている気分だ。
耐えろ! 耐えるんだ、私。ここを乗り切れば、なんとかなる。
ト書き:
絡み合っていた視線を、誌香が逸らす。
誌香「見てない。そんなもの落ちてなかった」
ト書き:
なおも反論してきそうな松本。
そうはさせじとする誌香。
誌香「それより急がないと。今日、部室で合宿の打ち合わせするんでしょ?」
ト書き:
松本、もう一度誌香の眼を覗き込んで来た。
ト書き:
誌香、内心ドキッとしたが、今度は目を逸らさない。
ト書き:
両者睨み合いの末、松本がため息をついた。
松本「……ああ」
ト書き
食堂に行く時間のなくなった二人、コンビニで弁当を買い、部室へ
ト書き
誌香のカバンの中のメモ
モノローグ:誌香
嘘と松本のスケッチをしまいこんだ鞄は、いつもよりも重く感じた。