毒舌王子様のダイエット大作戦
 私の家は資産家。世間ではお嬢様といわれている。でも、お金で買えないものがある。それは、愛。
 恋愛や彼氏やときめきはお金で買えるものではない。
 そして、私は彼氏を作るべくお金で解決することにしとにした。
 名付けて絶対秘密に美しくなる計画! お金をかけてダイエットをする。お金で美貌を買うってことだ。
 今60キロあるから50キロ弱くらいになれば割とモテると思う。
 顔は悪くないし、礼儀作法や教養はばっちり。向かうところ敵なし。
 自分が変わるための一世一代の大作戦。
 ダイエットで有名なイケメン先生に個人レッスンしてもらうことにした。
 ダイエット系ユーチューブを漁っていたら、好みのイケメンが自宅でできる筋トレとかダイエットについて動画を出していたのが始まり。まず、彼の筋肉の美しさに見惚れてしまった。そんなファンがたくさんいる久世様。まさに見た目は王子様。
 ユーチューブでは『毒舌王子のダイエット大作戦』という名目で多数の動画が編集されていた。
 ユーチューブの書き込みには毒舌王子に愛の告白は日常茶飯事。
『好きです』
『結婚してほしい』
『もっといじめてほしい』
 などなど世間の女性は匿名だといささか暴走気味のコメントを書く。
 毒舌好きという女子にはハマる動画だった。
 多分、私もその類だったようで、痩せたいけどなかなかダイエットが続かない。
 イケメンに叱咤激励されたら頑張れる、みたいな性癖を持ったタイプだったようだ。
 会ってみたいし、ダイエットできたら最高だなって思っていた。

 彼は、大人気のユーチューバーで個人レッスンも全国どこでも行きますって書いてあったので、さっそく連絡を取った。
 DMでやり取りして、日時は決まった。
 お金ならばいくらでも出そうと思った。推しに会えるなんてこれ以上ない最高。
 彼には食事の指導から運動まで手取り足取り教えてもらうことができる。
 動画でも見た事があるけれど、彼の細マッチョな筋肉は素敵だ。
 正直言えば、触れてみたい。なんて、ちょっと思っただけ。ほんのちょっとだけね。

 今日は素敵なイケメン毒舌王子が来る。まずは第一印象としてピンクのワンピースでお出迎えしようと意気込む。
 きっとイケメン毒舌王子はかわいいと思ってくれるはず。

 インターホンが家敷中に響く。
 大きな一戸建てにはトレーニングジムやプールも完備されている。
 広い敷地にはあらゆるものが揃っているけれど、私の贅肉は全くなくなる気配がない。
 これは、毒舌王子にに個人指導してもらうしかない、そして素敵な旦那様をゲットしないと。
 一応こんな私でも、来春教師になることが決まっているが、結婚は早いほうがいいという願望はある。

「こんにちは、ダイエット出張教室の久世です」
 実物は三割増しのカッコよさ。
 芸能人に会ったときに感じることと同じかもしれない。
 実物は更に小顔でイケメン。
 
 毒舌王子はいつでも運動できる格好をしてやってきた。ザ・スッポーツマンである。美しい筋肉だ。
 生イケメンを見ることはなかなかチャンスってない。
 目の保養をしないと。久世王子様!!!!! と心の中心で愛を叫んでみる。
 心の中心なんて自分でもわからないけど、私の中の全身全霊が今大好きだと感じている。

「私が依頼した太岩恭子です」
 笑顔で好印象を与えないと。

「あんたが依頼者の太岩恭子さんか。よろしくな。まずは簡単に食事について説明した後、トレーニング方法についてレクチャーするから、着替えてこい。だいたいそんな格好でダイエットするつもりかよ。間違ってもフリフリのスカートは履いてくるんじゃねーぞ」
 動画で見た通りの印象と物言い。やっぱりこの声質もタイプだ。

「このワンピース、お好みじゃなかった? もしかしてもっとセクシーな衣装がお好み?」
 上目づかいでワンピースの裾を上にあげる。

「好み云々じゃねーだろ。運動できる格好しろ」
 ストレートな物言いに私の心はドキドキしっぱなしだ。言い方も姿も男らしくて素敵。
 こんなにサディスティックなイケメンに叱咤激励されるなんて、幸せだと感じる。
 私ってちょっと変態入ってるんだろうかと自問自答する。
 変態なはずはない。そんな女が来春から小学校の教壇に立つわけないのだからと。

 ダイエット云々ではなく、会えるだけで幸せを感じる。これはきっと恋だと思う。
 大好きな推しが目の前に現れたら普通の女性は恋に落ちる。
 これは結果論だ。仕方がない。
 そんなことを考えながらピンク系の女子らしいTシャツに細く見せるための黒いレギンスを履いてみる。
 結構似合うわね。レギンスが多少パツンパツンなのは気になるけれど。
 少し痩せればいいだけのこと。
 毒舌王子のレッスンが楽しみになってしまう。ドキドキが止まらない。

 早速食事指導が始まった。噂の毒舌も発揮される。

「食事についてだ。まず、この肥え方からいくと、一日のカロリー限度を超えすぎだ。メス豚!!!」
 メス豚なんて……噂に聞いていた毒舌王子だけはある。この方についていくしかない。メス豚呼ばわりすら快感。

「いいか、食べることは美を作る最大の方法であり、最も効果のある行為だ。筋肉を作ることも食べることが基本だ。いいな、お嬢様だからって容赦はしないぞ。どんなに大金つまれても生徒は生徒だ」

「食べる順番も大事だ。最初に野菜、魚や肉のあと、最後に炭水化物だぞ。とりあえずレシピのコピーを置いておく。これを参考にして、自分で作れ」
 これは私のためにだけ作った丁寧なレシピだろうか。
 すごくわかりやすく丁寧に作られていた。
 栄養的観点からも研究しているんだなと尊敬してしまう。

「だってうちにはお手伝いさんがいるし」
「甘ったれるな!! 甘ったれた結果がこの贅肉満載の体だ。自力で作る、体を動かす習慣を作れよ」
 見れば見るほど、毒舌王子の上腕二頭筋が美しく、血管すらも愛おしい。
 これは重症かもしれない。

「タンパク質をたっぷり? サプリでいいでしょ?」
「サプリは空腹をみたさねーだろ、その楽しようとする姿勢をイチから鍛え直してやる。俺の指導は厳しいぞ、ついて来れるか?」
「はい、私、イケメンに弱いので」

 はあ? という顔をして毒舌王子は運動について指導を始めた。
「まずは、運動について説明する。有酸素運動がダイエットには効果的だ。走ったり歩いたりっていうような持続的な運動のことだが、筋肉をつけていると太りにくい体質になる。体質改善はリバウンドを生みにくい体にするってことだ。よって筋肉をつけることは最重要課題でもある。運動の後にタンパク質を摂取するのが効果的だ」
 
 私がうっとりしてイケメン王子をながめていると、さっそく有酸素運動の時間らしい。
 走ったりするのはあまり得意ではない。

「まずは初心者向けの有酸素運動だ、準備運動からするぞ」

 その場でストレッチの見本を見せる王子の体はとても素敵だ。筋肉の引き締まりが理想的なのだ。まさに私の理想の王子様。
 視線が自然とうっとりしてしまう。
「おまえ、やる気あるのか? 途中で辞めても返金はしねーからな」

 そんなことを言いつつ手取り足取りのレッスンは続く。もちろん、体に毒舌王子の手が触れることもあるが、あくまで指導の範囲だ。

 二人っきりの有酸素運動は愛が芽生えそうで……しかし絶対に芽生えなさそうな予感しかしない。
 この毒舌王子に恋愛感情などゼロなのだろう。

 部屋にある大きな鏡を見ると私の顔はおぼれそうな魚の顔をしていた。
 毒舌王子に芽生えるものは何もなさそうだった。いや、あんな顔を見て好きになる男性はいないだろう。
 なぜならば、私の顔は真っ赤になり、汗だくになり、非常に苦しい顔をしていたのだ。
 ひととおり終わった後に私は死んだ魚の目をしていたと思う。肥えた魚だ。

 王子は美しい顔だちにスリムな体。汗すらもまぶしい。
 汗をお恵みくださいと言いたくなるような光る粒だった。
 タオルで汗をぬぐう王子様は絵になる。
 つい、写真を撮ってしまう。
 これは後生大切に保存しよう。

「おい、何をしている。少し休んだら筋トレを伝授する、スクワットは太ももの広い筋肉を使うから有効だぞ。しかし、やり方をまちがいると足腰を痛めるからな。膝は足の指より出ないように! そして、自分で毎日運動プログラムをやるように、宿題な。そして、おえたあとは、毎回メッセージを送って来い、食事を作ったあとも、写真を撮ってここに送ること」

 毒舌王子は名刺を差し出した。そこにはQRコードがあり、久世王子様の連絡先が読み取れるシステムだ。
 これはただの名刺なわけで……私以外にも渡しているのだろう。
 こんなもので、個人的に仲良くなれそうもないけれど、でも連絡する口実になるから、がんばろう。
 正直毒舌王子のメニューはきついけど、それに耐えよう。愛のためなのだから。

「先生、毎日来てくれないの? お金なら支払うわよ」
「俺は忙しいんだ。全国の肥えたメス豚たちから依頼が殺到しているんだ」
「確かに今の私は肥えたメス豚かもしれない。素敵な体型になった暁には付き合っていただけますか?」
 死にかけた魚に告白された毒舌王子は災難だったと思うが、ここで断ったら本当に死んだ肥えた魚になってしまうかもしれないと思ったのかもしれない。

「じゃあ、目標体重になった時にはもう一度告れ」
「そこで私を振るって言うこと?」
「さあな」

 そう言うとイケメン毒舌王子は次の仕事があるということで帰宅準備をはじめた。
 さあな、って脈ありだと思っていいの? そんなことを考えてにやけていると。

「あ、そういえばケツに穴あいてるぞ。むりして小さいサイズ履いたから破けたんだな、ちゃんと直しとけよ」
 私はお尻を隠す。メス豚だって羞恥心がある。

 これから週に一回は先生が自宅に来てくれる。そして、 痩せた私が告白したら王子はなんて答えてくれるのだろう?


 レシピを参考に食材を買いに行ってみる。肉ではなく、大豆を肉に見立てた料理をつくるため、おからパウダーを購入する。
 大豆にはタンパク質と女性ホルモンが豊富。
 そして、ダイエットをするとカルシウムも不足して骨がもろくなるので、食事の際は1日1回は牛乳を飲むこと。
 牛乳には糖質を抑える働きがある。
 さすが、ダイエット王子だけはあって、詳しいな。メモを見ながら、買い物をする。
 おからにはかさまし効果、満腹効果、肉の代わり……色々あるらしい。
 おからパウダーで糖質オフなのね。しかも、ハンバーグだって食べることができる。
 意外とおいしそうなメニューがレシピには並べられている。
 糖質オフの基本と筋肉を作るための健康的な食事がたくさんある。毒舌王子特製のレシピには女を美しくさせる秘訣が満載だった。
 そこには『食べることは美の基本』そんなことが書かれていた。

 それから、どさくさに紛れて毎日報告以外にも私の自撮り写真やらどうでもいいことをメッセージに書き込む。
 毒舌王子にウザイと思われても客なのだ。そして、客のうちに彼の心に入り込む作戦。
 そして、彼は私無しでは生きられなくなるはずよ。
 他の女とは違うインパクトを王子様に与えないと。

 ネットの書き込みで知ったことがある。
 毒舌王子イケメン久世ダイエット教室。このダイエット教室が成功しているには訳があるらしい。
 生徒たちが毒舌王子を好きになって美しくなるようにがんばるから成功しているらしい。
 イケメンならではのロマンス商法だろうか。
 だから、久世王子は美しくなったらそこでレッスン終了で、交際は断って来るらしい。
 仕事は仕事として割り切ってるのかもしれない。
 あれだけかっこいいのだからもう相手がいるのかもしれない。
 独身だよね?
 もしかして既婚者だったりして。
 久世のことを考えるだけで心がモヤモヤしていた。

 やっぱりだめかな、どうせ告白しても無理だよね。あの顔につりあうほど美人でもないし。
 そう思っていた。水泳のレッスンで、水着を着ても振り向かれない寂しさ。
 初期はずいぶんと脂肪がついていたけれど、今は本当に自分でもうっとりするくらいのくびれが見える。
 生徒以上に女として見られていない寂しさがずっとあった。

「先生は恋人とかいないんですか?」
「そんなものはいない」
 毅然としたキャラは一貫していた。
 まるで作られたキャラクターのような感じすらしていた。
 恋人がいないのはチャンスだ。

「そろそろ目標体重だな。あのさ……俺のこと覚えてないかな? 思い出さない?」
 毒舌王子は探りを入れつつ沈黙する。
 珍しくいつものようなドSぶりはみられない。
 控えめな様子だった。

「俺は……」
「知ってるよ、ダイエットが成功するために期待させて、成功すると振るって作戦でしょ?」
「違うんだ。実は俺……太岩恭子を探していたんだ」
「太岩恭子は私だけど、探していたってどういうこと? そもそも知り合いじゃないよね?」
 どういう意味だろう? 知り合いにいたかな?

「俺、子供の頃に結構病弱で。小学生四年生の時に、転校生の恭子ちゃんに守ってもらったことがあったんだ。それがあんただよ。太岩恭子」
「確かに、私は転勤族だったけど。あまりあなたのことは記憶にないんだけど」
 こんな細マッチョなイケメンがいたら絶対に忘れないと思う。

「あの頃は全然クラスでも目立ってなくて。気も弱いし、体も弱かった。それで、中学生くらいから体を鍛えることにしたんだ」

「その結果がこの筋肉男なの?」
 極端な性格なのだろうか。彼のひたむきな努力がこの美しい筋肉を創造したらしい。

「小さいときは風邪をひくとすぐ気管支炎になって喘息気味で入院してばかりだった。でも、年々喘息もなくなって、健康体になっていって」

 どこからどう見ても病弱とは程遠い健康的な小麦色に日焼けした男性という印象だ。
 彼から筋肉を取って、髪形を短くして幼くすると。
 クラスメイトを思い出してみる。
 十年以上前の記憶。
 四年生といえば都心部に近いこの街に住んでいた。
 久世という苗字。
 おぼろげな記憶がよみがえる。

「久世翔太君?」

「退院してきた俺が勉強についていけてなかったから、教えてくれたのが恭子ちゃんだった」

 そういえば当時は家庭教師がついていて、中学受験の塾にも通っていた。
 教えることが好きだったから、静かそうで退院したばかりの少年に教えたことがあった。
 そんなことがあって、大学では教職を取って採用は決まっている。
 小学校の教職を取ることになったきっかけはクラスに馴染めないいじめられっこの男の子だった。
 フルネームも忘れるくらい影の薄い存在で、イケメンという印象はなかった。
 どこにでもいる普通の色白で弱弱しい男の子。
 でも、守ってあげたくて、在学中は仲良くしていた。
 護身術で合気道を習っていたので、いじめのリーダーである太郎には結構戦いを挑んだ記憶もある。
 それが、小学校の先生になるきっかけだった。

 でも、月日が経ってきっかけはぼやけてしまっていた。
 ただ、勉強をして就職することがゴールとなっていた。
 無難にできればイケメンと結婚したいと思う毎日を送っていた。
 弱いものを導く正義のヒーローになるために教師になろうとしていた。
 もう志望動機も忘れかけていた。
 
「私、久世翔太君がいたから教育学部に進学したんだ。いじめられていたり、体の弱い子を守るヒーローになりたいって思っていたから。今、大学四年生で、来春小学校の先生になることが決まってるの。正義の味方でありたいから」

「そうだったのか。俺は体育大の四年生だ。卒業後はユーチューバーを続けながらスポーツインストラクターをやる予定なんだ。あの頃はクラスの男子に病弱もやしとかいじめられたりからかわれることも多くて。そんな時、恭子ちゃんがいじめる奴の方が病気だって言ってくれた。その言葉が今でも胸に刺さっていて。強くなろうって思ったんだ。体を鍛える普及活動のための動画だった。弱い立場の人も筋トレを通して強い体と心を作ってほしいって思ってた。正義の味方でありたいから」

 何気なく発した言葉が彼の一生を変えたとか名言になっていたということらしい。
 でも、あの時の私は標準体重で決してデブではなかった。同一人物ってわかったのだろうか。

 病弱なもやしな少年はいたような気がするが、全国転勤していたため、記憶としては薄かった。
 でも、なんとなくは覚えていた。
 優しくて素直で少し弱そうなはかなげな男の子。
 それが今や大人気の毒舌王子様になっていたとは。
 正直言って当時とは真逆なタイプだ。

「小学校四年生の時に引っ越してきたよな?」
 いつもより丁寧に久世は話しかけてきた。

「覚えてるか? 担任が森っていうおじさん先生だったよな」
 久世が初めて素を出した。
 声もいつもとトーンが違う。
 毒舌王子というネットの作られたキャラクターではなく、同級生の久世翔太だった。

「思い出した。いじめっ子三人組がいたよね。太郎、次郎、五郎とかそんな名前だったよね」
「チーム太郎のメンツは体はごついし、体育会系で当時は太刀打ちできなかったな。結局俺のほうが体鍛えて筋肉質になった。背も伸びて、中学生以降は一切いじめはなくなったんだよな」

「でも、久世君は今のような毒舌キャラではなかったよね」
 どうもあの時と今が結びつかない。月日が彼を変えたのだろうか。

「気が弱い俺は、どうやったら気が強くなるか考えた。そんな時、テレビでやっていた毒舌勇者俺最強っていうアニメを見たんだよ。毒舌ヒーローが毒舌で悪者を成敗していくんだけど、かっこよくてさ。番組自体結構人気があって、大ファンだった。毒舌路線でいくことにしたんだ。結果、体を鍛えて、口も悪くなった俺に対していじめる奴は皆無になっていたんだ」
 たしかに、今の彼にいじめられっ子要素はない。
 逆に毒舌イケメンマッチョをいじめるってどんな奴よ。

「私、毒舌勇者俺最強の主人公のドクのことが好きだったな。イケメンで口が悪いけど、正義の味方なんだよね。今思えば小学生の時から、私って毒舌好きだったのかな」

 このキャラはやっぱり作っていたのか。
 毒舌勇者俺最強のキャラを独自の路線でユーチューバーとして筋トレとダイエットで組み合わせた動画だったのか。
 でも、久世の顔面偏差値だから毒舌でも女子に受けるんだろうなと納得する。

「俺、中学生以降、口悪くなってからリアルだと女子からドン引きされて、怖がられるようになってさ。本当は自信なかったんだ。でも、弱者でも強くなるためのトレーニング系の動画をあげたらなぜかバズって結構収益も出てさ。これも恭子ちゃんのおかげだよ。ありがとう」

「お互い正義のヒーローになるために私は小学校の教師。久世君は毒舌ユーチューバー俺最強的な仕事を見つけたんだね」
「筋肉は育てるものだから、万人に必要なトレーニングだから。子供から老人まで個人に合わせて強度は調節できる。歩くのに必要なのは筋肉だ。強くなるならまず筋肉からだよな」
「ヒーローになるには筋肉が必要っていう理論ね」
「脳筋にはそういう理論になるんだよ。弱者を救う正義の味方は筋肉からってね」

 今の彼の笑顔は毒舌王子ではなく、素の笑顔だ。
 小学生の時の久世翔太くんがそこにいた。
 ひ弱な少年だったころの優しい素の彼が目の前にいる。

「俺はクラスでも人気のあった転校生の恭子ちゃんに憧れていたんだよ。恭子ちゃんに釣り合う男性になるべく鍛えてきた」
 まさかのカミングアウト。
 これって告白ということでは。
 人生初の告白が大の推しからとは。

「俺と一緒にこれからも筋トレしないか?」
「それは一体どういう意味? 体系を維持するとかそういう意味?」
「この関係を維持したいというか。ダイエットトレーニングの契約は終わっても友達として連絡してもいいかな?」
 毒舌王子の意外な素顔は照れ屋で不器用な性格だった。

「友達としてかぁ。それは困るなぁ」
「同級生なのに、連絡すらだめなのか」
 わかりやすい久世の表情は本当にがっかりしていた。
 いつもの強気な彼はどこへやらという感じだ。

「私、今絶賛彼氏募集中なんだよね。だから、彼氏としてならいいけど」
「か、彼氏?」
 赤面王子も悪くない。
「ちょっと待て。俺にも心の準備というものが」
 ここへきて実は付き合いませんとか言わないよね。

「付き合うというより、尊敬的な気持ちとか友情とかそういうのが優先な感情で」
「好きとはいっても恋愛じゃないのかぁ」

 私はそんなにモテるわけじゃないし、久世翔太ならばもっといい女が言い寄ってくるのだろう。
 今や彼のほうがずっと格上。彼氏としては諦めるしかないか。
 推しとして彼を応援することも私の務めなんだ。

「心の準備がまだできてないだけだから」
 赤面久世は焦りながら言葉を選んでいるようだった。
 遠回しなお断りなのかもしれない。

「そういうのはいいから。どうせいい感じの美人彼女がいるんでしょ」
「違う。断じて違う。俺の中の恭子ちゃんはそういう対象よりもずっと崇高で」

 このキャラを作りながらも、隠れファンだったの?

 崇高って、そんなこと言う人は久世翔太くらいだ。
 必死な久世を見ているとあの時のいじめられっ子だった時代を思い出す。
 細い手足に色白で筋肉なんて無縁な男の子。
 彼の首元をつかみ手繰り寄せる。
 背伸びするとちょうど彼の唇と私の唇は接近する。

 一瞬ドキリとした久世はきりっとした毒舌王子口調になる。
「キスするぞ」
 口調は久世翔太から毒舌王子になっていた。
 良いと言う前に私は背伸びをして彼の唇に触れていた。
 真っ赤になる久世。
 もちろん私もファーストキスなわけで、不慣れだし恥ずかしい気持ちになり、一瞬触れると視線をそらした。

「恭子ちゃん。好きだよ」
 この声は久世翔太としての告白だ。
 たった今、正統派イケメンからの生告白いただきました。
 でも、いまいち物足りない。
 私が好きなのは毒舌王子久世様なのだから。

「じゃあ、毒舌王子的な告白でお願いします」

 少し驚いた顔をする久世は深呼吸する。
 気持ちを切り替えた久世は赤面した顔色もなかったことみたいにしれっとした顔になっていた。
 少し悪そうな微笑みを浮かべ上から私をみる。
 一瞬で毒舌王子は表情がいじわるな笑顔に変わった。
 一瞬にして、久世翔太君から毒舌王子に変化した。

「おい、俺と交際したいのか。付き合ったら浮気は禁止だからな。ちゃんと愛してるって言えよ」
 その表情はなんとも色っぽいというか艶っぽい感じがした。
 そして、毒舌王子の皮を被った素の彼はかなり照れているように見受けられた。
 顔の角度もすごくかっこよくて、睨んだ顔は漫画の表紙のちょい悪な男子みたいだ。

 久世翔太でもあり毒舌王子でもある彼はどちらでも美しい顔をしており、拝みたいくらいの尊さしかない。
 同級生だったけど、今はダイエットコーチでもある毒舌王子を独占した私は彼の鍛え上げられた胸に飛び込んだ。
 ずっと触れてみたかった腹筋が割れている理想的な体型。

「教師になる女がこんなにいやらしいんじゃマズいんじゃないの?」
 少しいじわるな感じで、耳元で囁く。彼の唇は私の唇に深く食い込む。
 キスは思った以上に大人の濃厚なキスだった。
 苦しいけど気持ちのいい深いキス。
 息づかいが荒くなると、彼は唇を離してじっと私のことを見つめた。
 見上げると、彼のいたずらな微笑みがあった。

「愛してる」
 思わず私の本心から出た言葉だった。
 その言葉ににやりとする王子は耳元で囁く。
「恭子は俺以外の男を好きになるんじゃないぞ。俺のものだからな」
 この声質たまらない。

 でも、彼の大人気ぶりとイケメンぶりに心配になる。
「全国の女性から講師の依頼があるんでしょ、浮気しないでよ」
「恭子以上の女はいないから、安心しろ」

 そう言うと、彼の鍛え上げられた腹筋に私の顔はぎゅっと圧迫された。
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