こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

私はあなたを生贄にする

 ヘイムは杖を右手で以って器用に三回転させてから石畳に穴が開かせるがごとくに強かに打ちつけてからシオンの報告を聞いた。

 ここはシアフィル砦の貴賓室。ヘイムとシオンしかいない部屋。

「いまさら、なんだ?」
「けじめですよ」

 苛立ったヘイムの声にシオンは受け流すように答えた。それはこれ以上この話はおしまい、だという合図でもあったがヘイムはやめなかった。

「そもそも妾は怒ってなどおらぬぞ。あんな男が何をしようと妾の心を害するなどあると思うのか?」

 いいえ、ありませんとシオンは答えようとも考えるもやめた。自分はそれほど無神経でも鈍感でもなく、そうだとしてもわざわざヘイムに教えて軽侮を買うのもの面白くはないと思っていた。

 だから、言い方を変える。

「ヘイム様の感情はこの際はどうでもよいのです。どうでもよくはないのは彼が表彰式に出ないということ。そのためにヘイム様を出しに使ったという点は好ましくは無いでしょうが、彼には最も効くし、まぁ方便というもので、それ以上のなにものでもありません」

 再びこの話を打ち切るために強めの言葉を用いてシオンは立ち上がり窓辺に移る。顔を昼下がりの陽射しにあててその眩しさを楽しむが、ヘイムは執拗であった。

「妾は、受け取らんぞ」
「ヘイム、わがままを言わないで」

 ジオンは光の中で振り返らずにたしなめる。

「バルツ将軍が困っていたのですよ。彼みたいな篤信家の一番の部下が不信仰家で公の式に出ないとごねていたら気に病みますよね。それを救うための手段は許されるのではありません?」
「すると妾は出汁にされたというか生贄にされたということだな」
「はい、私はあなたを生贄に捧げました」

 臆面のなさにヘイムが詰まりながら非難というか不服じみた声を独り言のように漏らした。

「そもそも龍よりも妾のほうを取るとは、不敬ではないか」
「彼の場合はそれが自然でいいじゃないですか。私にはそう思えますね」

 鈍色の空模様であるソグ山から移ってきたためにシオンにはこの地方の陽射しが気持ちがよく白い肌を焼くのを楽しんでいたが、やがて熱くなり窓辺から離れ身体に熱を帯びながらヘイムの元に戻りながら、尋ねた。

「お許しになりませんか?」
「もともとそういう話ではない。シオンはどうして欲しい?」
「あなたが決めることですよ?」
「それはお前が勝手に話を作ったからであだろう。これのせいであやつは妾があれ以来ずっとそのことを気にしてイライラしていると思われているであろうに」

 ヘイムはイライラした口調で言うもシオンにはさっきからいまいちによく分からなかった。少しぐらいの怒りなら分かるがここまで気にする必要があるのかと。

「気にされなければいいのでは? あの男からそう思われたからと言ってなんでしょうか?」

 本当のところはハイネをあの部屋から追い出させる為の手段としてヘイムを方便として用いたことがシオンの痛いところであったが、不思議なことにそのことについてあまり罪悪感を覚えてはいなかった。

 自分が嘘をついたと自覚しているのに、悪い事だとはあまり感じずにこうして堂々とヘイムの前に立つことが可能であった。

「あのなお前のせいでな、妾があの日以来ずっとそのことを気にしているのに素振りすら見せずに、その感情を隠してごく普通に手紙のやり取りをしている女に見られたら、どうするつもりだ」
「どうするもこうするも、だからなんです?」

 本気でシオンには言葉の意味が分からなかったがヘイムはそれを空とぼけだと見た。

「ふざけておるのか? だから、そうなったら、妾がなんだかすごく重々しい女だと思われるだろうに」

 だって、そうじゃありません? とシオンは言い欠けたが危うく口の中で留めた。それにしても今日はどうしてこんなにいつもと調子がおかしいのだろうか?

「あんな男に思われたところ、いいじゃありませんか?」
「これは女の名誉の話だろうに。そんな女を下げるような方便を使って男から下に見られたらどうするのだ? シオンらしくもない」

 この違和感はなんだろうか? シオンはヘイムを見ながら自身の心の違和感を探り出し触れると、分かった。懐かしさであった。

 男を意識しての反応。最後にそれを見たというのは龍身になる前のことであり、そこはここシアフィルの砦であったと。

 この地点から離れ中央付近の別荘に泊まった際にヘイムは床に臥せ、そのまま彼女はもはや以前のものとは違う存在となり……何故ヘイムはそこまで気にしているのか?

 シオンはそれがいま分かろうとしている。むしろわからない方がおかしいのだが、思考が停止し何も動かない。

 まるでそれ以上考えてはならないことのように、それを知ってしまったとしたら、私は……

「失礼いたします。ヘイム様にシオン様、お久しぶりでございます」

 扉が柔らかい音とともに開きハイネが現れた。龍の間に基本的にはノックせずとも入っても良い数少ない存在の一人、それでもいつもハイネはノックしてから入るのだが、かのソグ撤退戦の功績者が珍しくその権利を行使して入室してきた。

 すると途端にヘイムは口をつぐんでさっきの話を打ち切った。

 シオンはシオンであの話を続けたくは無かったのでありがたく、その理由を尋ねることなくそこで終わった。

 どうでもいい話だから助かったとしかシオンは感じず、入れ替わるようにして心の底から起き上がって湧いてくるのは先ほどのあのことであった。

 だがそれをヘイムの前で蒸し返すのも無意味なことでありハイネの名誉にもかかわることであるのでシオンは黙ることにした。

 当然のことだが挨拶のお久しぶりも突っ込まずにそのままにすることとした。そもそもこの集いもただの休憩時間のお喋りのためであり、そう重要なものでもないなとシオンは見なしていたが、過ちでありそのために一手遅れて押し込まれることとなる。他ならぬ自分の愛する後輩に。

「ジーナのことですけどいかがでしたかシオン様?」

 言葉が真っ直ぐに来すぎたためにかえってかすらずにシオンの頭の回転を作動させなかった。

 入り身のように懐に入られそのまま体を通り抜けられたような、無の感覚。

「あのことですよ。ジーナと私の関係についての話し合いのあとのことです。彼がどうしても表彰式に出たくないからシオン様が説得に行かれまして」

 関係についての話し合いのあととわざわざここで強調する必要はどこにあったのだろうかと、ようやく動き出したシオンの思考の歯車が回りだした。

 ここには私とヘイムしかないというのに今日は妙に回りくどいですねこの子は、とシオンは観察し始める。

 近づいて席に座るのでその顔を見ると生気に満ち溢れているというか、気合いが入っているというか、とにかくだらけることを目的としたこの場にはまず相応しくない雰囲気なためにシオンがたじろぐも答えた。

「あっはいその件でしたら解決しましたよ。あれではあなたが手こずるでしょうけど、あの手この手を使ってなんとか出席させることができましたよ」

「さすがはシオン様。ありがとうございます。彼が出席してくれて私はとても嬉しいです」

 ごく自然にシオンが微笑みながら言うもハイネはその嘘っぽさに冷や汗をかいた。どこに嘘があるのかは分かってはいたが、ここまであからさまな嘘を吐く必要はあるのだろうかと?

 いくらヘイムが眼の前にいるとしても、どうして?

「妾の名を使ったらすぐに動いたそうだなシオン」

 今度は上座から声が降った。えっなにその言葉と声は? さっきまであんなにグチグチと嫌がっていたのになにその落ち着いた声は? とシオンの頭はこっちでも混乱しだした。

「それはすごい。まぁ龍身様のお名前を出したからには彼だって従わざるを得ませんからね」
「龍身の名ではないよなシオン」

 話を振られるやいきなり三本の光線に貫かれたとシオンは体感する。

 斜め右からヘイムの右眼から一本、正面からハイネの両目から放たれた二本、と視線が集中した。

 この視線の意味とはなんだ? 二人は何を求めている? シオンは不可思議な闇の中へ引き摺り込まれていると感じながらもそちらへ向かって行く、その沼へ。

「彼に龍身様と持ち出しても効かないのでここではヘイム様の名を使いましたね。でも、あのねあなたはそのことで文句をさっき私に」

「あれは戯れだ。お前は実にいい仕事をしたぞ。妾の名に力があるのならいくらでも使え。あれはわがままで人の言うことをロクに聞かぬからな」

 言葉を遮り声をいつもよりも一段張り上げながらヘイムが話だした。このような話し方をヘイムは普段しないというのに。

「ハイネもあれには苦労したであろう」

 労いつつもヘイムは顔を横には向けなかった。

「いやそれほどでも。彼はそこまでわがままではないと思いますし」

 ハイネもまた顔を前に向けたまま話だしその声には感情はこもってはいなかった。なんだこの会話は、とシオンはこの異様な雰囲気に首を捻る。二人とも自分を見ながら違う人と会話をしている?

 今日の私はどこか変なのか、それともひときわ目を惹く美しさなのか、と悲観と楽観が入り混じったことを思いながらも、シオンは休憩中だが話題に出たことだしこうなったからには仕事の話をすることにした。

 それが如何に危険なことであるのかを気づかずに。

「まっ折角ですしあの件を片付けましょうか。ジーナのことですが結論から言いますと彼は表彰式に出るためにヘイム様に御詫び状、これは龍の護衛を任期前に辞任、というか勝手に辞めてしまったことに対する謝罪を文書にして、こちらに届け内容によって出席を決定する、そういうこととなりました」

 ハイネの両の眼が瞬きもせずにこちらを見ておりシオンはなんとか目を逸らさずにつっかえることなく言い切った。

「御詫び状ですか……しかし彼はあのことについてそこまで悩んでいたという風には」
「会わせる顔が無いと頻りに言っていたそうだなのぉシオン」

「その一点張りでしたね。だからこちらはヘイム様のお名前を持ち出さざるをなくなりましてね。私だって何も好き好んでこのような手段を使ったわけでは」

 そう答えるとハイネが一度瞬きをしたかと思ったら開くとその眼は小さな光を放っていた。

「なるほど。それならヘイム様のお名前を出さざるを得ませんね。もぉシオン様ったら上手いんだからそういうのを方便というのですよね?」

「うん? まぁそうですけど」

 どうしてだか急に生き生きとしだしたハイネを見てシオンは少し怒りに火が点き出した。
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