こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

美味しいですか?

「あらハイネ。そうかもうこんな時間でしたね。申し訳ありませんがルーゲン師。今日の御進講はこのあたりにしてまた後日お願い致します」

 そう告げるとシオンは机の上を手早く片付けだすのをルーゲンは息を詰めながら見つめていた。慌ただしい、と。

「ああ……もうそのような時間であるか。面白いと時間が過ぎていくのが早く感じるのが辛くて不思議であるな」

「そのように言っていただき光栄でございます」

 ルーゲンは龍身の左眼に向かって頭を垂れ感謝の意を伝えながら思った。上手くいかないものだと。

 龍身様がこのように自分を認めてくれてもそのお付きは反比例するように邪険に扱いだし、結果的に疎遠措置をとられてしまう。

 ルーゲン師はお疲れでしょうしお忙しいので、と変に身体を労わられ御進講の数は減らされることとなるこの仕打ち。

 いまがとても大事な時であるというのに強制的に引き離される。今日もあの件は最悪であったがそのあとは龍身様の御言葉通りに万事順調であった。

 時間はもう少しあったはずだそれを……まさか彼女が邪魔をしてくるとは、とルーゲンはその引き金にもなったハイネに非難の眼差しを向けようとしたが、すぐにそれをやめた。

 ハイネはいつになく美しい笑みを面に湛えていた。ここ最近では見られないものでありルーゲンにはその理由が分かってもいた。

 それは龍身の右側に侍っているもののため。龍身様が中央に戻られてからジーナは連日護衛として龍の休憩所に付いている。

「彼なら任せられるでしょう」とはシオン嬢の言葉だが、何か深い意図を感じざるを得ない、とルーゲンは始めから感じていた。

 ハイネ嬢はハイネ嬢で仕事は忙しいものの彼女は時間を作って自分の好きなことができるという有能な人である。

 あの塔での習字教室は彼女であったからこそできたというもの。

 他のものなら日常の業務の処理に追われ、そのような余裕などできなかっただろう。

 では今回も、とはいかない。ジーナは塔に閉じ込められているのではなく仕事をしているのだ。しかしそこは牢屋に限りなく近い。

 他の場所でなら逢瀬も出来ようがここは権力者であるハイネ嬢であってもこの地上で自由にできない空間の一つ、龍身様の住居なのである。

 そのおかげと言おうかこのせいでとでも言おうか、これによってジーナとハイネ嬢は龍身様の帰還後の接触は極端に減ってしまった。

 この間まではあんなに一緒であったのにいまでは違う。大袈裟に言えば引き裂かれてしまったのだ。シオン嬢の剣によって。

 これより行うであろう定期報告の時間が最近では二人の接近時間が最も多い時となるも、公務中であるために私語はできず、では終了後の雑談は? というと龍身様は以前よりもずっと真面目に聞かれ質問も多岐に渡るために時間いっぱいまで質疑応答が続き、ソグの龍の館時代に行っていたはい聞きました茶でも飲もうか、などといった怠けからの雑談の時間など生じない。

「いえ、こちらとしては何も言うことはございません。龍身様も自らのお立場への意識が完全に目覚め、御公務に熱心になられたことはとても喜ばしいことです。私も全力でお支え致します」

 とハイネ嬢は感激しながら、哀しみながらも、そう言っていたのが記憶に新しいが、素晴らしいことであるがやはり腑に落ちない。

 もしもこれがシオン嬢の策謀だとしたら見事に我々がかかりまさに一石二鳥となったわけである。

 ジーナとハイネ嬢との関係に反対しているのなら物理的に離れさせ、龍身様とジーナを近寄らせ、私を出来る限り遠ざける。

 するとどうだろう龍身様とジーナの関係が……何故そのようなことをシオン嬢がしているのか! ルーゲンの思考はここでいつもパンクして先には進めない。

 ルーゲンは以前からずっと抱いていたこの疑問を尋ねたかったがいつも控え心の奥底の棚に閉まっていた。

 辛抱たまらずに聞いたらどうなる?

「あなたはなにを仰られるのか? 少しお疲れでは。療養をとられた方がよろしいでしょう。いいえ、ご遠慮なく」

 と、この機に乗じてますます引き離してくるだろう。

 この対応は常識的かつ一般的に見てそれもそうだ……天地がひっくり返ったらようやく可能性があるかなと思えるようなその組み合わせ。

 だがいくら否定し信じられなくても現実的にシオン嬢はそれを行っている。

 理由については皆目見当がつかないが、していることは否定のしようもない事実である。

 ここで大切なことはその謎を解除することではないということ。おそらくはシオン嬢はかなりの無意識領域に陥りながらこのことを行っている。

 ハイネ嬢に関しては不明だが、こちらに対しては悪意などは一切見せたことが無い。

 悪意なく無意識にただ否定し遠ざけている、だから恐ろしく厄介なわけであるが。

 これは一種の呪いかなとルーゲンは諦めた。この呪いの間をすり抜けてどうにか龍身様のもとへ近づけたら……が目下なところルーゲンの課題であったが、いま現れたハイネ嬢と目が合うと、心に何かが伝わったのを感じた。

 それは労いといったものではなくこの場には相応しくないものであり、まるで戦いに挑む前の目配せに近いものであった。

「ルーゲン師、如何なされました?」

 席を立ちなさいと急き立てるようなシオンの声にルーゲンは思考から目覚め、そして微笑した。

「ハイネ嬢がいらしましたから少し話してから行くことにします」

 そんな、というようなシオンの眼は開かれ何かを言おうとすると脇を通り過ぎたハイネが声をあげた。

「それなら私がお茶を淹れますね。五人分ですね、五人。すぐにお持ちします」

「ちょっとハイネ! そのようなことをする時間は」

「いいではないか。ハイネの茶は久々に呑んでみたいものだな」

「ルーゲン師はお忙しい身なのにこのようなことで時間をとられてしまったら」

「なに、こちらの方が重要です。そんなに長居いたしません。頂きましたらすぐに行きます」

 それなら、とシオンは折れ息を吐いた。こういうことか、とルーゲンはハイネの視線の意図を察した。

 だがこのあとはどう動くのか? それは全く分からないもののルーゲンにはどこから楽観的でもあった。

 僕だからなんとかなる、と。うまくいく、ここまで何事もうまくやって来た。当たり前だが手こずることも多々あったが、結局は勝利を収めている。

 今回もそうであり次もそうである。大丈夫だ。生まれと育ちはともかく……僕はあの日から龍の祝福を受け続けているのだから。

 僕は龍に選ばれた。僕でなければならなかったのだ。

 祝福にも似た安堵感を胸の奥で感じながらルーゲンは講義の続きを龍身と話しているうちにハイネが五人分の茶を運んできた。

 ジーナが立ち上がろうとするとルーゲンが手で制し素早くハイネの傍に寄り配るのを手伝うも、その際にまた目を合わせた。

 ハイネの瞳は先ほどと変わらず、柔らかく微笑んでいるにも関わらず鋭い光を奥に秘めたままであった。

 赤い瞳が妖しく燃えている。

 確認のつもりであったがそれは確信へと変わる。構えろ、とルーゲンはどこかから声を聴いた。

 何かが来る。その時自分は、その何かに乗らなければならない。

「御配りいただきありがとうございます」

「いやいや君一人に全てやらせるわけにはいきません。僕にも少しぐらい手伝わせてください」

 ルーゲンは龍身とシオンに茶を配り、ハイネはルーゲンと自分のところに茶を置き最後にジーナの分を置きその右隣に座った。

 龍身が左手で茶をとり飲み出すと皆が続いて口に運んだ。一口呑むなりあちこちから賛美の言葉が飛び出すなかでジーナは一人遅れて最後に茶を飲むと、すかさず隣のハイネが尋ねてきた。

「ジーナ、美味しいですか?」
「ああ、そうだな」
「美味しいですか」
「うん? そうだな。久しぶりに飲んだな」

 なんだこの問いはとジーナが首を傾げるとそれを見ていたシオンが笑った。

「美味しいですよね」

「分かった旨いと言えばいいんだろ旨いから、旨いから」

「フフッハイネもこうなると分かっていて聞いてしょうがないですね」

「しょうがないのはこの人ですよ。こうでもしないと言わないなんて本当に困りものです」

「全くです。これで自分は反抗していないというのだから、ジーナらしいよく分からなさですね」

「なんで二人して揃って非難しだすのだ? まずいと言っていないのだから旨いに決まっているだろうに」

「ほらまたこれです。こういうのも含めて彼らしいと言えば彼らしいです。ねぇシオン様」

 なんとも他愛のない会話にシオンは苦微笑みしだすがルーゲンだけはハイネのその瞳が光の見て、息を吸った。

「ところで龍の婿の件ですがルーゲン師で決まりということでよろしいでしょうか?」
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