こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

排除と接近

 ルーゲンの眼は虚空をでは無くハイネを捕え睨み付けて来るも、女は睨み返し顔を近づけた。

「僭越ながらひとりの女として意見を申し上げます。あなたは龍の婿以外の選択肢がありませんが、あなたはジーナよりも上に立たなければ龍の婿になる資格は無いのです。いいえ言わないでください。ソグの上層部にマイラ様が御認めになって世界中の誰もがあなたしかいないと申し上げても、本質的に資格があるとはなりません。シオン姉様のご許可も同様であり、結局のところ龍身様に認めて貰わないと何にもなりません。恋愛と同じです。世界中のあらゆる全てと本人の心の重さは同じあるどころか、より重くより肝心なのです。いまはジーナの方が重く、あなたは軽い。そういうことです」

 ハイネはルーゲンの右腕に力が入り膨らんでいるのを眼の端で確認をし、その荒々しい予感に美しさを感じた。

 普段の細さと冷静さの象徴とも言えたその手と腕が怒りで乱れているのに、綺麗だなと思いまたこうも思った。

 その腕で龍身様を抱きすくめれば……あのジーナのようにすれば……

「ルーゲン師。あなたが龍を導くものとなってからは龍身様は親愛を以って接してくれるようになりましたよね? 龍身様はあなたを御認めになられ、関係がまだ始まったばかりなのです。遅くではありますが、手遅れではありません。まだ間に合います。あなたという可能性が開かれているのですから」

「だが、彼よりかは、小さく軽い……」

 その途切れがちな呟きは震えていた。だけども握られた拳の力強さはまだ失われていない。

「解決策をひとつご提示いたします」

 ハイネがそう言うとルーゲンの両手が肩を掴んだ。

「是非教えてくれ」

「こう触れるのは龍身様のみになさってください。手以外にもそうですよ」

 ハイネの指摘にルーゲンは慌てて手を引いた。

「失礼。しかし龍身様にこのようなことをしていいものなのか」

 ルーゲンの常識的な反応に対しあのジーナは信じられないほどにろくでもない男だなとハイネは再確認した。

「まぁタイミングによりますね。話を戻しましてこの問題の解決策は排除と接近です。つまりはルーゲン師が龍身様にもっと多く接近しジーナを遠くに排除する、これです」

「えらく単純なのだね」

「複雑そうに見える物事は案外に単純な原理で動いているものです。一緒にいるから仲良くなり、離れてしまったら関係が冷める、これです」

「遠くにいて想うものでは」

 ハイネは自分の血が熱くなるのを感じた。

「たいへんにロマンチックですね。それは一対一の場合はそれもありましょうが、一対二ではそうともなりません。現実的に近い人と人は親しくなりますしそれが自然であり人情です。人は傍にいない人を愛せません、人は傍にいる人を愛するのです。特に龍身様は近々誰かを選ばなければならぬ御方です。ある意味で龍身様の心は二つに分裂しておられます。ルーゲン師を導師と呼ぶ心とジーナへの心と。それによって龍化が踏み止まった状態へとなっている……龍を救わなくては」

 自分の言葉に激昂したのかハイネはルーゲンの腕を掴んだ。

「龍を救わなければなりません!」

 ルーゲンは笑った。

「ハイネ君。触れるのはジーナ君にのみなさってください。いえ本音を言うと僕は気にしないのですがね」

 これはまた、とハイネは手を離すがすぐに反応をした、いま何と言った?

「あの? 私と彼との関係はですね別にそういうことでは」

 無視するようにルーゲンは階段を降りだしハイネはそれを追いかけた。

「僕もそのことについては気にはなっていました。ジーナ君を中央から離すべきだとはマイラ卿とそのような話はしてあります」

「それは良かった。早く進めましょう」

「徐々にですね、徐々に。彼は龍身様のお気に入りです。準備をし確実な手続きでそれを行わなければなりません。彼の存在が龍の婿を選ぶことができない理由となっているのなら、もはや遠ざける他はないと、ハイネ君との会話で決心がつきました」

「その通りですルーゲン師。ジーナは龍化に邪魔な存在であり……敵と言っても過言ではありません。言い過ぎかと思われるでしょうがそうといってももはやよく、彼にはある可能性があります」

 ハイネはイメージした。例のあの情景を、あの二人の後姿を、ジーナと思われる男がヘイムらしき女の手を引き遠ざかっているのを。

 しかもその女の歩き方は力強く真っ直ぐで、それは元に戻ったように、龍身となる前に帰ったように……ジーナ……あなたはきっとヘイム様の龍化を反対しているからこそ私にこのような情景を見させるのですね。

 それが他ならぬこの私に対して……そう思うとハイネの胸が痛み喉の奥から血の味がこみ上げてきた。お前に傷つけられ溢れる私の赤い血。


「あなたにだけお伝えしますがジーナはヘイム様を攫う可能性があります」

 ルーゲンは足を止め振り返った。

「誰です?」
「えっ?」

 振り返ったルーゲンの表情は困惑と真剣さが混じったものであった。

「ジーナ君が、その誰かを攫うことが龍身様と何か関係が?」

 ハイネも自分の言葉がよく分からなくなり、恐怖が足元から来た。まるで死の冷たさのように。

「……いえ、そのすみません。なんだか変なことを言ってしまって」

「彼は龍身様を攫うというのか?」

「……彼はそのようなことは致しません」

「だったら何故そのようなことを?」

 ハイネは脚を動かしルーゲンを追い抜いた。

「いまのは忘れてください。龍身様とは関係のないことでした。マイラ卿の計画をどうか私にお教えください。私はあなたの味方です、当然協力致します」

 首を傾げながらもルーゲンは階段を降りだしその計画を話しだした。

 ヘイム様……とハイネは話を聞きながら思う。

 あなたはそのまま龍となればいいのですそのために姉様のお母様はもとい幾千のものたちが命を投げ打ちここまであなたを導いたのですから。

 世界の秩序の回復のために、です。それは決してあなたをジーナとどこかに行かせるわけでは無かったのです。

 ハイネはポケットに入っているハンカチに手を触れ、寒気が走った。これは酷く汚れている。

 こんなに汚してしまって、とハイネはルーゲンに気付かれぬようハンカチを取り出し投げ捨てた。

 あとでジーナに弁償させなきゃと目をくれずに降りていく中でハンカチは宙を舞い、遠くへ流れていった。
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