こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

いちいち歓喜するハイネ

 今のこの人はあの人ではない、と一目見て分かったハイネの心はとても安定し心地良く快感すらあった。

「この忙しい中で呼び寄せてすまぬ。すぐに終わるからな」

 儀礼用の衣装を軽く崩しながら長椅子に両足を伸ばし背もたれに全身を預けている龍身を見ながらハイネは思う。

 あの人はこういうことをしなかったと。いやしてはいる、当然いつもはしているのだろう。だがしてはいない。

 この私の前では、とハイネは記憶を辿るまでもなく直感で理解した。

 あの人は私の前ではこんなリラックスなどはしない。どこか緊張気味というか警戒気味でもあった。

 そういった心に勘付かないほどこちらは鈍くも馬鹿でもなくその感情を汲み取って、それ相応の対応をしてきた。

 龍身になってから……ではなく、思えばはじめの頃から若干そうだった。

 そう考えてみると自分はあの人に対しては昔から同じ態度をとり続けてきたなとハイネはこのことに関しては今はじめて気が付いた。

 一歩距離を取り、仕える。そんなのは当然であるのだけれども、あの人もまた同じくこちらの感情を汲み取り一歩間合いをとった感じもあった。

 よって生まれる二歩の距離。もとからこうであり、今までずっとこうしてきた。

 もちろんコミュニケーションに互いに不備はないし喧嘩はしたこともない、けれどもそれは最も解決不能な仲なのだろう。

 普通ならこういうのを側近になどおかないだろうがあの人は私を外すと言ったことは一度も、無い。

 それはたぶん私がシオン姉様のお気に入りだったからだろう。そうなるとあの人がいくら偉くても姉様には反対しきれない。

 私の見るところあの人は姉様には滅多なことでは逆らわないし反対しない。

 そうであっても姉様は姉様であの人のそんな心が見えず自分の力に気付かず、昔から上に立て世話を焼く人だから二人の関係は崩れはしない。

 姉様は私とあの人は仲が悪いどころか良いとまで思っているはず。

 ときどき姉様はこういったことに関してまるで目が見えない状態になるが、これもその中の一つなのだろう。

 あの人と姉様には共に生きてきた強い絆もあるし何より同じ血を分けあった従姉妹、いや実質的に姉妹関係がある。

 私と姉様のような学校における擬似姉妹関係とは質が異なる。

 そこをもしかしたらあの人は嫌い、私もあの人のことを嫌うのかもしれない。同族嫌悪ならぬ同妹嫌悪なのでは?

 そうなるとあの人がいない時に私はシオン様を姉様と呼ぶのも、意識的ではなく無意識であったのなら……

 まぁそれに加えて私とあの人の間では目下なところひとつの問題が……まさかよりによって私があの人とこんな関係になるとは意味が分からない。

 これが仲の良い関係もしくは悪い関係であったのなら、もっと表立った争いになるはずだったけれど、幸いというかなんというか非干渉的な相互関係なためにそうならずに済んだ。いや済んで来た。この先はまだ分からない。

 ……だけどもいまはこんなわずわらしく憂鬱なことを考えずに済む。

「呼んだのはな……あの男がおるだろ?」

 口の中に苦虫が入ったのかと思うほどに龍身の表情が痙攣しているのかハイネは見た。

「ジーナのことでしょうか?」

「そうだ、そいつのことだ。そのあれ。あのジーナのことだ」

 吐き捨てるようにその名を呼ぶ言葉の響きにハイネは嬉しさに身震いし涙が込み上げてくるのを、堪えた。

「知っての通りあれは現在出入り禁止にしておる、が導師の報告では先日龍の休憩所にまで登って来たそうだ」

 ハイネは龍身の瞳を見つめる。いつもの彼のことを話すときのような瞳の色ではないことを確認し気持ちが高揚する。

「ええ聞きました。キルシュの手伝いだったようですが、そこは特に問題は無いかと。そのような仕事は誰かがやらねばならないことですし」

「そこを妾は問題にしているのではない。あくまで出入り禁止とは名目上のことでありその実態は妾との接近及ぶ接触の禁止である。だから荷物運びで休憩所に登るのは、かろうじて良いとする。その後も別にこちらに来るのではなく大人しく帰ったとのことだからな……だが、ここからだ」

 その先はハイネも知らない。キルシュから物を運んで貰ったと聞いた後に龍身に尋ねたところ問題は無しと告げられたからだ。

「次のことは当然のことながら最高機密だ。妾と導師それからお前しか知らないことになる。心して聞け」

 あの人から秘密の話をされたことが無いなとハイネは身を乗り出しながら思った。

 もっとも自分からもしていないことから御相子だが、とある意味で気が合うなとハイネは心中で失笑した。

 本来ならあの人はこういうのは姉様としかしない。私には決してしない。確実に龍身様はこのことを姉様には伝えてはいないし伝えるつもりもないだろう。

 このことでよりハイネの心は安らいだ。問題である姉様の反対はこれで喰らわない、ならばなんでもできると。こちら四人中三人で押せば姉様も諦めるしかない。

 実はな、と龍身は小声となったのもハイネには嬉しかった。ここ龍の休憩所には現在二人しかない。

 そうであるのに小声、と事の重大さと特別感にハイネは酔いしれた。しかもあの人と同じ声で。

「……あの男は龍に会いたいと言っておる。それはなんと龍の儀式の終わりに最初に会うとな」

 ハイネは漠然とそうとは予想していたものの言葉として聞くと全身が慄きそれを止めるためか首を激しく横に何度も振った。

「それは許されないことです」

 限りなく小さな声で答えると龍身はその言葉を拾った。

「妾もそう思う」

 と答えを聞くと同時にハイネは思う。でもあの人はこうは思わないだろう……と。

 その言葉を頭の中で声付きで想像する頭と体を熱くなり、叫んだ。

「私が絶対に止めてみせる!」

 衝動的に立ち上がると龍身が呆然とした顔でハイネを見上げていた。

「あっ失礼しましたつい熱くなってしまって」

「まぁよい座れ。お前にやる気があるのは良いことだ。だからこそこうして内密に話をすることにした。これは何としてでも避けねばならぬことだ。妾が龍化が済んで第一声で目覚めるとあれがいるだなんて考えただけでも鳥肌が立とう」

 龍化の儀式の最後には龍の婿もしくは嫁が龍に声を掛け、目覚めさせる。

 これは龍祖の代から変わらぬ儀式の総仕上げであり、これまで一度として例外や欠落などなく行われて来た。

 突然変なものが現れ「俺が・私が・龍の婿・嫁・だ・です」なんてのが来てもあの門衛に取り押さえられ階段にすら登れず、群衆のなかに放り込まれ袋叩きを食らう、なんてことがたまにはあるがその程度のこと。

 これまで深刻なトラブルも発生したことは無く、ある意味で最も安全で簡単な仕上げとも言えた。

 だが、その安全神話も今日で崩壊の兆しを見せ、最大の危機となる可能性が発生しだした。

 それも、くどいが、よりによって彼が……だがしかし

「……ジーナは龍の婿になりたいのでしょうか? あの彼が?」

 靴の中に小石が入っているかのような違和感がそこにありハイネは独り言を呟き、揺すった。

「……それ以外に考えられるか? 最初というのはそれ以外の意味は無いはずだろうに」

 龍身は普通に答えるもハイネは靴の中で小石が揺れている音を聞いた気がした。そう、なにかを隠している、と。

「そう、ですよね。他の目的なら違う時を選べばいいですし。最初の最初というのはそれだけですからね」

 これは単純にそうではないと考えながらハイネは言った。龍身も何がジーナの目的かは察しているが、私には教えない。

 この様子ではルーゲン師にも言ってはいないのだろう。

 それはこちらの想像を上回るものであるのか? それともあまりにも卑小な二人だけのことであり他言したくはないのか?

 ジーナという龍の信仰を持たぬどころか反抗的ですらあった彼が何を考えて龍に初めて会いたいと願うのかはハイネの想像を絶していた。

 けれどもハイネは不快感は覚えなかった。龍身の言い方には忌々しさと苛立たしさをがありありと伝わってくるも、あの人、ヘイムに関するものがない。

 ハイネはジーナの目的はヘイムに関する何かであることは確信しているも、そこに龍化直後に会うということがまるで結びつかない。

 せめてその前でなければならないのに、何故龍となった直後でないとならないのか?

 私の白昼夢で見たあの連れ去りの光景は、まぁ一点の非の打ち所もない妄想中の妄想なのだが、自分の中のその可能性は消えてはおらず、この龍身の中ではその可能性は考慮されていないことは心配であるが逆に頼もしいと見るか。

 ハイネは迷うも思い切って龍身に飛び込むこととした。大丈夫、この人はあの人ではない。

「……龍身様」

 思わず自然にねっとりとした粘ついた声になったなとハイネが思うとその異様さに龍身は少し仰け反った。

「なんだ改まって。なにか思いついたのか、言え」

 何かに警戒している反応であるが、いいえ警戒するのは私にではなく彼にですとハイネは思いつつ言った。

「彼が……ジーナが龍身様を連れ去ろうとしているという可能性は考えられませんか?」

「何を言い出すかと思えば。妾は連れ去られるぐらいならこの屋上から飛び降りるまでよ」

 顔を引きつらせ嫌悪感をいっぱいにしながら龍身が言うとハイネは安堵の息を吐かないように呑み込んだ。

 この人ならあの人と違って疑いもなくそうするだろう。

「お前はその可能性を考慮しているのか。ならそれも警戒するべき点として備えることとしよう」

 と言うからにはその可能性は今まで除外されていたということか。それではいったい何だろう?

 ジーナは何を狙いそして龍身は何を隠しているのだろう。この両者の思惑と疑惑は一致しているはずだ。

 だけどもそれは彼とあの人の想いとの一致とは違うもの、とハイネは想像しそして思う、それならいい、と。それでないのなら、他の何であろうと構わない。

「畏まりました。それでは彼の目的が何であれを龍身様に近づけさせないことに全力を尽くす次第です。バルツ将軍とはこのことに関してはご連絡は?」

「しとらんしすることもないだろう。他のことならばバルツに連絡し対処させるがあれに関しては諦めている」

 何とも不思議なことを、とハイネは小首を傾げた。あのバルツ将軍にどうして遠慮することがあるのか。それもジーナの件で。

「お言葉ですがあのバルツ将軍であれば龍身様の要請は全て受け入れるかと」

「妾はそうは思わぬ」

 怯みを覚えるぐらいの言い方にハイネは言葉を失った。

「もしもこの事態の詳細をあやつが知ったら、あれはジーナの味方をする」
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