こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

一貫した誤り

 意識的にシオンは首を左右に大きく傾けた。ふたつ、あまりにも理解不能な言葉が出てきたのだからこうする他に無かった。

 あの不敬心の塊が真の信仰者? 馬を連れて来てこれは鹿ですと主張するよりも無理があるのでは?

 これが冗談ではないというのも驚きである。バルツは冗談を言ってはいない、本気で言っている。

 そうであるからシオンは言葉に慎重となった。

 ここでジーナの信仰心を無下に否定することはまずいのでは。バルツ殿はたまにぶっ飛んだことを言う人だし。

「……ええ、そうですね。私も理解しがたいことですよ。ジーナのその信仰心云々のこともそうですし、なによりもその隊員の信頼感というのが理解に苦しみますね。彼は隊員達とそれほど親しくしているのを見たことがありませんし聞いたこともないです。なんというか壁を一枚設けているという印象をずっと受けています」

「それは無理もない。平時ではその二つをジーナから見ることは難しいのは当然だ。シオン殿は戦場のあいつを見たことが無いないのなら分からないでしょうな。あなたが見ていたのは龍の護衛としてのあいつであり、問題行動ばかりとってそれは印象がちょっと悪いだろうから」

「正直なところちょっとどころか、かなりで」

 バルツがこちらの心情を読み取ってくれたことにシオンはホッとした。

 そうだ私の視点から彼の信仰心云々を信じることは土台無理なことだ。

 だがバルツも彼が女に対してちょっかいを出し誘惑するというタイプの屑な男だとは知るまい、とシオンは謎の優越感を抱いた。そんなしょうもないものを抱いてどうすると思いつつ。

「俺は遠目でしか見ることができなかったが……あいつは、本物だ。掛け値なしでな。俺達の戦いは龍の為の戦いであり、龍の護軍とはそのための存在だ。龍を巡る戦いに身を投じる戦士となる。しかしな、一端戦闘が始まれば龍への信仰心よりも自分の命を何よりも考え実際は自分の命を巡る戦いとなる。これはほとんどのものがそうだ。俺だってそうだ。それもまた嘘偽りのない人間の姿でもある。まだまだ心の修行が足りないところだ」

 シオンは息を呑んだ。あのバルツ将軍が自らの信仰心についての疑念を呈しているだなんて。

「だがもう一つの真実の姿もある。自らの命を顧みずに信仰や使命と心身一体となり戦う者もまた存在するのだということを……つまりそれがジーナだ。あいつは全否定するが、そんなものは誤魔化しようが無い。戦場は人間の姿を心を曝け出す。美しい心も醜い心もな。戦友たちの間ではそれは隠しようが無い。互いにそれを認め合いまたは許し合う。遠目から見ている俺ですらその姿は信仰者にとっての本物の姿であると分かるというのに、あいつの背中を見ている隊員たちがそれが分からないはずがない。それにあの呪文だ」

 呪文? とまた不可解な言葉が出てきたがどうしてかシオンはそれはすぐに連想できた。実際に聞いたことが無いというのに。

「それはあれですか? 龍の元へ会いに行く、というようなやつで」

「ちょっと違うな。龍の元に、我が罪を滅ぼすため、討ちに行く、これだ。突撃の間際にジーナが唱え出すと隊員たちが復唱するんだ。これはジーナがそうさせているのではなく隊員達の自発から始ったらしいな。最初の頃はジーナが一人でブツブツ唱えていたらしいがアルやノイスが勝手に復唱しだして今だと第二隊の隊歌のようなものになったようだ。シオン殿はやつは壁を作っていると言われたが、事実そうだろう。あいつは他人と混じり合わない。戦う時も一人であり、そういうものなのだろう。だがその壁と乗り越えられるのが戦場でありその呪文となる。ジーナが壁を取り除き隊員を中に入れるのではなく、隊員が壁を乗り越えやつの傍に集まりひとつになろうとする。あの呪文にはそのような力がある。それはジーナに対するひとつの信仰となる。いくらこの俺でもそれを責めることはできん」

 試しにシオンは心の中で復唱するも語感が悪い、としか思えなかった。何かが違うと感じた。

 何かを誤魔化しているような違和感。何回かシオンは口の中で呟き、舌を回し早口となる。だが言葉が舌に突っかかる。

 そうではない、とだから思った。そうでは……我が罪を滅ぼすために龍の元に討ちに行く。

 舌になにも当たらなかった。瞬間シオンは言葉を失った。自分が何を呟いたのか分からなくなるぐらいに言葉が舌の上で蒸発する。

 いまのは、なんだ? とシオンはもう一度言おうとするも、言葉を出すことできない。

 元から無かったように、唱えるどころか考えてはならないように、命じられているように。

「龍の元に会いに行く、か。シオン殿は信じられないと思うが、俺はあいつの奇妙な行動や言葉を聞いてきて思うんだ。あれはあれで意味不明ながらも論理が一貫しているとな」

「嘘でしょ?」

 シオンは反射的に返した。一貫? 混乱という点なら一貫していると思うが。あるいは混沌。

「あいつがごねるのはつまりだ、龍に会いたい、龍に会いたくない、龍に会いたい、龍に会いたくない……この交互に繰り返しの時ばかりだった。そしてそれはこちらの都合とはいつも逆の天邪鬼状態であり、ここに来て龍に会いたい、となっておる。奴にとっては今は会うときなのだろう。ここで何が論理の一貫かというと、だ。いつも間違えている、これだ」

 妙な納得感が生まれシオンは嘆息を呟いた。一貫した誤りとはなんとも彼らしいと。

「龍の護衛になるべきであったのに反対した。護衛をやめて前線に出る過ち。龍の表彰式で辞退するが結局は出て栄光に浸った。龍を討つ作戦で志願するも意識不明となる……皆の言葉を聞き入れていれば問題が無かったことばかりだ。龍から離れようとすると変な失敗ばかりする。そうであるからこそこの度の彼の行動は即ち」

 誤りであり失敗、と……どこからどう見ても共感や肯定できる部分がない行動であるためにシオンはそこで考えるのをやめる。無意味だ。

「時間ですのでここで失礼致します。最後にバルツ将軍。この度の件は解放戦線の問題ではなく、龍の護衛であるジーナが逃亡したという件に過ぎません。ですので」

「言いたいことは分かる。俺が責任を取ってやめるというのが、困るのだろ? そうなるとジーナはうちの身内としての扱いとなってしまう。あくまでもあいつは異国のものとして処分したい、これだろうよ。だが俺はあいつを龍の護衛に推したものだ。俺の責任というものは、消えんよ」

「その論理でしたらルーゲン師も同じことです。あなた一人で決められたわけではありません。龍の婿となる彼が責任を取ることなど不可能です。それに私だって二回目の際は自ら動いて彼の再就任を望みました。あなただけが責任を取られることは、甚だ不公平だと言わざるを得ません」

 バルツの顔に困惑の色が浮かぶのを見ながらシオンは喉の奥に何かが引っ掛かっているのを感じた。

 物ではない、違う何か。これを取らなければならない、と言葉を出しそれを出そうとする。

「もっと言うのなら――は」

 もう一人いるのだ。今の自分の言葉に続く名前が。シオンは言葉を切り、もう一度大きな声を出して、言った。

「もっと言うのならヘイムは彼が龍の護衛となることを希望していました。だから私は彼の就任に動いたの、です」

 その名が腹の底から喉を通り口から出るとシオンは心地良さと同時に、頬に冷たいなにかが走って、床に落ちた。

 バルツの顔が困惑ではなく、混乱の色を出している。

 どうしてそんな顔をしているのか? シオンはバルツの表情を見つめながら思う。

「シオン殿。泣かれていますが、どうなさった?」

 どうして涙が出ている? なんだこれは? 恍惚感から来たものか? 悲しみから来たものか?

 どちらでもいい、とシオンは指先で頬を払い頭を振った。泣いたことには変わりはないのだから。

「いえ、失礼しました。ちょっと感情が高ぶってしまったようでして」

「つまりは、その龍身様もジーナの件は賛成なされたので、誰も罰に処することはできないということですな」

「そうじゃ、ない」

 シオンの呟きにバルツは混乱したまま頭を抱えて俯いてしまった。

 私はさっきからいったい何を言っているんだろう? 龍身様はジーナを……そうだ排除しようとして……

 つまり厳密には龍身様はジーナの龍の護衛を反対なさっていて……ヘイムは逆にジーナの龍の護衛に賛成で……

 何故、分離して私は考えているのだろうかとシオンもバルツと同じく頭を抱えて俯いた。

 そのように考えてはならないというのに……えっ? どうして?

「どうして?」

 シオンは顔を上げもう一度、言った。

「どうして?」

「どうなされたのですかシオン殿」

 本当にそうだ、とシオンは同じく立ち上がったバルツを見ながら思った。

「責任問題のことを考えすぎて頭が少しおかしくなったのかもしれませんね。バルツ将軍がどうしても責任を取りたくて仕方がなく、今後の政治問題を困難なことにすると思うと気がおかしくなりますよ。たかがジーナ如きの逃亡でこの新たなる龍による中央の統治に亀裂が生じるだなんて、彼も随分と大物ですこと」

 大きなため息がバルツの口から漏れ、座った。

「分かった。これ以上は俺も駄々を捏ねないが、これは重大な事件であることは確かだ。そこだけはどうか受け入れてくれ」

 そう重大な事件である。とてもとても……ジーナが龍に会い、何かをする。それはいい意味のものではないだろう。

 だがシオンは心のどこかでそれを望んでいるという感触が胸の奥にあり、そこに触れると痛みと心地良さが同時に起こった。
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