こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

『怪物の重ね音』

 あるのはヘイム様のことだけ、そうに決まっている。

 ジーナの頭の中は、今、あの人のことでいっぱいどころか、それだけだ。

 いつか見た私の白昼夢はやはり現実だ。これから起こることを私は予知した。

 ジーナ、あなたが何をしようとしているのか、私には分かっている。私だけはが分かっている。

 あなたはヘイム様を攫おうとしている。ある意味で龍から攫おうとしている。

 龍にさせないために、この世から存在させるために、だからあなたはあの人のことを忘れない。

 そして階段を降り森を抜け西を目指す……もしかしてかつてのこの剣の持ち主はそれをしようとしたのでは?

 だけどそれを為せなかったから逃げ出した。ジーナ、あなたはそれを再びやろうとするためにここに来た?

 そう考えると全ての辻褄が合う。龍とあの人を分離させようとしているとしたら。

 あの人も心のどこかでそれを望んでいるとしたら……重ね重ね許せない。

 そうだ、あなたの全ての行動からそれが伺える。だから私から遠ざかり離れ、私を忘れようとしている。

 こんなに私はあなたに捕らわれているというのに、あなたは捕えては離し、離しては捕える。

 そんなことをしている癖に出来る限り早く私のことを記憶から消したいとか思っているはず。

 なんて残酷な男。私の身体にあなたをこんなに刻み込んで消せなくさせている癖に。

 あなたみたいな男をどうすれば苦しめられるか? それは私があなたのことに執着すること。

 そうだと私は判断したのだろう。そうであるからいまここにいる。

 あなたは私をどうしたい? どうもしない、ただそのまま。

 では、私はあなたをどうしたいというだろう? 何を言わせたいのだろうか? 愛しているとでも?

 それは、なんだか違うような気がしてくる。言葉を貰ったとしてもそんなことはいまはもう分かり切っている。

 かつてはその一言を欲していたが、それを聞いたところで私はどうするのか?

 喜び満足し彼を抱きしめて私も愛している、と返したいとでも? この大馬鹿。そんなことするわけないでしょうに。

 そのあとあいつはこう言って来たらどうする? ではヘイム様のところに行くから扉を教えてくれと。

 そうしたらハイネ、あなたははいはいと教えるおつもり? そんなわけないでしょう。でも、あいつなら言いかねない。

 愛していると言われたいがためにその言葉を求め続け、言われたら言われたで白痴状態となって男が女に会いに行くのを手伝うってどれだけ愚かで間抜けで頭が悪いのだか。そんな展開は絶対に許さない命に代えても、阻止してやる!

 私が求めていることはそんなものじゃない、では、いったいに何を求めているのか……?

 そう考えると胸の奥が冷たくなり痛みが走る。寂しさを宿したようにそこは徐々に凍えていき呼吸すら苦しくさせてきた。

 自分はそんなに難しいことなんて求めてはいない、と私はそう考え苦しみを抑えようとした。

 ごく単純で普通のことだけを求めてきたのに、いつしか捻じれて拗れて複雑怪奇な怪物を求めているようになってしまった。彼はその怪物なのだ。

 それはたとえば……こう手を出したらあちらから手が出て指が触れ肌を当り握られ同じ方向に進む、そんなごく素朴なこと。

 あなたと歩き生きたい……それだけじゃなかったのか? けれどあなたは手を繋ぎ触れることさえ拒否している。

 私のことを愛している癖に。呻き声が、聞こえる。扉の外にいる誰か、間違いなくジーナが苦しんでいるようだった。

 そうかそうか夢中で考え込んでいたが外では彼に危機が迫っているわけだ。

 扉の外にいるということはここに何かがあることに気がついてはいるものの、どうしようもない状態に陥っているということ。

 ここが出口だと分かっていることから逃げ出せずゴール前で立ち尽くす状態。

 彼が助かるためにはこの扉が開かなければならないがそこはこの私が握った状態。

 生殺与奪の権はこの私にある。でもあなたは気が付きませんよね。ここに私がいるということを。

 開けたらヘイム様がいたのか! といった顔を見せたら嫌ですし、お前か……な顔を見せてきたら癪に障るというかそんな人の為になんて開けたくはない。

 素直に捕まってバルツ将軍に監禁されればよい。僧兵に捕まるよりかはずっと扱いは良いはずですし。

 けれどもそれだと、私は何のために気合を入れてここに潜ったのか不明になる。

 もしかしたらジーナを自分の思うように出来るかもしれないというのに。ここでこのままにしたらそれは永遠にできなくなる。

 かといって思うようにできなくて返って事態を悪化させる可能性もないとは言えない……まぁ一度だけチャンス与えてあげるのも悪くはない。

 ジーナ、私とあなたの関係を考慮して、一度だけ、そう、たった一度だけこの扉を開くヒントをあげましょう。でもあなたは気づかないでしょう。

 それぐらい、淡くて儚いヒント……たった一突きです、または一叩きとしましょう。

 これから扉を叩きます。あなたは声を掛けるでしょう。誰かの名を、呼ぶ。しかしそれが私であってもこの扉は開けません。

 妙な勘が働いたり当てずっぽうで名を呼ぶことだってあるでしょう。私はそれには応じない。

 応じるのは……と、私は扉を軽く指先で叩きました。まずは、呼び出しです。

 これに気付かないといけない。そうでなければ、もうおしまい。

 それから行きましょう、と私はさっきよりも弱い音で扉を叩き出しました。覚えていますかジーナ。

 これはあの時にあなたに教えた私の心臓の鼓動です。私はいま、それを再び打っています。

 これが私がここにいるというメッセージ。ただひとつのヒント。私とあなたしか知らないこと、音、心です。

 すると声は来ませんでした、同じく指先の音が、来た。ズレた自分の心臓の音。

 驚きましたが、それは私の心臓にも心にも、届きません。だってこんなにズレているのですから。

 そうですよね、いま私とあなたの心臓の鼓動は違います。あなたは焦燥の内にあり、一刻も早くここに入りたいという気持ちでしょう。

 でも駄目です。あなたはもしかして私のことがここにいるとは想像できずにただ扉を叩いているのかもしれないし。

 そうですね、声を出せない状況下であるのなら叩く方がより効果的でしょう。またはそれがあなたのヘイム様への合図かもしれない。

 だからこんなにズレている……より駄目です。決して私の方から合わせない。あなたがそうしてください。

 ヘイム様に会いたいでしょうが、いまは私に、合わせてください。

 そう思うと私の心臓の鼓動は興奮からか、早く打ち出した。ジーナの打音とズレる。

 だけどこれでいい。あなたが望んだように私達はズレ続けすれ違い、こうやってひとつにはならない。

 それがあなたの望みであるのなら、私はそれを受け入れることにします。

 叩けば叩くほどに私も心臓の音は速まり打つ速さもあなたに近づいています。それでも、重なり合うことはない。

 もう、やめようと私は思いはじめる。そもそもの話、外にジーナがいると私は確認などしていない。

 いるのか、いないのか、それは分からない。もしかしてこれは幻では。私の中で作った幻想。

 名を呼びかけもせずに私の扉を打つ音に合わせるとか、考えてみるとおかしいし、音が偶然重なることがないのも、変だ。

 ここまで合わないというのは、ある意味で幻想的であり作りものじみている。

 それは私自身がジーナに対してそう思っているからこそ作っているのでは?

 私がジーナという幻にしがみ付いているだけであったら……そう思うと私は打つ手をやめ、逃げようと最後に一打ちをしようと扉に指を触れると、扉の外で打つ音と重なった。重なってしまった。

 その響きは心臓に届き、痛みを以て教えてくれ、私はそれ以上何もできずにその場で立ち尽くした。

 触れていないのに、触れた……

「ハイネ、いるんだろ?」

 その声は胸の奥の冷たいところを握りしめてきた。痛みと温もりに苦悶するなかで、声の主が誰であるか分かった。

 扉の向こう側からジーナの声が、する。幻ではなく、彼の声がした。けれど、返事はできない、したくはない。

 私がこんなに苦しんでいる姿を見せたくはない。あなたの、言葉で、こんなに身悶えし苦悶するところなど……見せたくはない。

「お前がそこにいることは分かっている」

 いつもならなにも分からない癖に。

「これは幻でもなければ幻聴でもない」

 そうであってくれた方が、良かった。

「私達はあの日と同じように心臓の鼓動を鳴らし続け、重ねたんだ」

 どうしてこの時に限って重ねてきたのか?

「いま、私は壁の前に立っている。あるいは闇の中にいて、どこにも行けない」

 闇も壁も存在なんてしないのにこの人はなにを言っているんだろ?

「私をその壁の向こうに、入れてくれ。入らせてくれ。私はそちらに行かなくてはならないんだ」

 そんなのは、ない。あなたはいつも違うものを見ている。壁なんてものを作りだしている。

 闇もそうだ、そんなものは無い。あるのは、あるのはただ……

「ハイネ、助けてくれ。この闇から、壁から……私を救ってくれ」
「……壁や闇などありませんよ」

 私は怒りと共に扉を開けた。あなたはいつも私を困惑させ怒らせ、動かす。

 そうです、あなたは私を動かした。やはり、あなたは私の手によらなければならない。

「あるのは扉だけであなたはずっとその扉の前にいるのです。闇や壁といいますが違います。あるのは扉だけであり、あなたがそこにあると思い込むから存在するのですよ」

 ランタンでジーナの顔を見ると驚きと困惑が広がっている。私がいるとそんなに意外ですかね?

 そうですよね、あなたは、私を、不思議なものとしていつも見ます。

 どうしてでしょう? 私にとってあなたが最も未知なる、怪奇な、異常な存在であるというに。

「そして扉を開けると……あなたがいるのですよね。入って……」

 この時の私は怒っているのに微笑んでいたと思う。自分の顔は自分で見られないが、皮膚の感覚がそう伝えていた。

 心では怒りつつ微笑む、まさに女のように。
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