こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

何この女すっごくめんぐさい

 冗談か? とジーナは無言で次の言葉を待つがハイネもまた無言で見上げている。なにか非難しているその目付き。これは本気で言っている、ということか?

「あのハイネさん? もしかして怒ってますか? 怒っているとしたら何故?」

 これに似たことをこの間もしたなと思いながら尋ねるとハイネは顔を背け息を吐く。やれやれ言わせないでくださいよ、という意味だろうか? するとハイネは自分の右手でその繋がっている左手を指した。それがなんだというのか? ハイネのヒントにジーナはまだ気づかない、また気づくはずもなかった、がとりあえず言ってみた。

「強く握り過ぎて痛かったとか?」

「それ以前の問題ですよ。つまりはです、どうして私達は手を繋いでいるのですか? もっと言えばあなたはいかなる理由を以て私の手を握っているのか、これです」

 そう問われてみるとジーナは自分自身でさえその理由は分からなかった。ただそれがごく自然のことと思えて。

「それはハイネさんが私を隊室に訪ねてきたから遠くへ行こうと」

「フフッ随分と自信家なのですね」

 また理解困難な単語が出て来たためジーナの硬い脳みそはさらに動きを鈍らせる。

「じっ地震とはいったい? 地面は揺れてはいないが」

「そっちの地震ではなくて、女に対する、つまり私に対する自信です」

 足元が揺れたような気がしたがハイネは微動だにしていないのだからこれは自分が震えているからだろう。意味不明な口撃のために。

「この私のどこに女に対して自信があるというのやら。私は毎日鏡は見ているが」

「じゃあ無意識のなかに絶対的な自信があるのですよ。女に対する自惚れが、です。ごく単純なので順を追ってご説明いたしますとね、まずジーナさん視点からするとこうです。ハイネちゃんが隊室を訪れたから俺に用があるのだろう、けど中には入れたくないから外に行こうとするが、愚図る私に業を煮やしたため手を取っていった。ここまでは合っていますよね」

 細部は微妙に違うが本当に単純だな、とジーナは思うと同時にそれだけのことでなんでこんなにめんどくさくなるのかちっともわからなかった。

「そのお顔では概ねそうだけど今のだとまだよく分からない、といったものですね。ではお話します、私を見たあなたはこう思いました。俺に用があるんだなと私を見て思い、こちらの話をろくに聞かずに手を引いたのは、だってこの女とはあんなことをしたからな……だから俺のものだ、ということです」

「待った。それは悪意があり過ぎる。別にそんなつもりはなくて」

「そんなつもりはなくても、無意識のうちにとったこれらの行動は、その意識の反映ですよ。この女は俺のものと思わなかったらあなたは私に何の用ですか? と尋ねこの女は俺のものだと認識していないのなら、私の手を掴まず握らずこのように無理に引かずにしたに違いありません。つまり行動が意識を裏付けているのです」

 話の途中からよく意味が分からなくなりつつあり、まるで自分ではなく他人の話を聞いているようであった。

「それならどうしてついてきたのですか?」

「だって手を掴まれて引っ張られたら抵抗するだけ痛いじゃないですか。どれだけ体格差があるとお思いで」

 そういいハイネはまた笑い手を振った。しかしあそこまで抵抗感無しに一緒に走ったというのにジーナは腑に落ちなかった。

「そうはいいますが私達は知り合いですし、これで犯罪だというのは」

「ご存じありませんか? 犯罪というのは、ちょっとした顔見知り同士が一番起こりやすいのですよ。知り合いの男の犯行を最も警戒しないといけないのですフフッ」

 なにを聞いてもなにを言っても事態は好転せずに逆に悪化する一方なためジーナは渋面となる、がハイネは攻撃の手を緩めることはなかった。

「まさかジーナさんと何度かお話ししたり仕事をしたり、上着の上に座らせてもらった結果がこれだとは……ここまでやればハイネちゃんは俺の女になることを認め、あるいは観念したのだろう、故郷の基準的に考えて。とか思ってたりして、やだジーナさん、それだったら勘違いし過ぎですって」

「だから違うんだって」

 駄目駄目だ駄目だこんな言葉じゃまたやられるとようやくジーナは分かりだすも口から洩れた言葉はまた攻撃の的とされた。

「ですから簡単に私の手を取ったことが言葉の説得力を無くしているのですよ。ジーナさん。私がいつも男や彼氏のことしか考えていないそんな女に見えましたか? それとも男と何らかの方法で繋がっていないと不安でしょうがない女だとでも? だから手を握ったら嬉しがるだろうかと? そんなまさか。この話は要するに私への想像力の欠如が問題なんですよ」

 ジーナはここまで言われると自分に非があると思い始めた。こうも執拗に言われるとジーナの頭は冷静となり想像力の欠如……という言葉を頭に思い浮かべる。ハイネの表情を見ると、微笑んではいるが哀しい色が薄らと浮かんでいるように思えジーナの胸は何故か痛んだ。

「そうだ聞かずにいたけれどハイネさんがうちの隊室に来た理由ってなんです?」

 聞くとハイネの表情から微笑みや哀しみが消え真顔となり瞼を閉じるも顔色は元に戻った。

「……私はキルシュに用があったのですよね」

「あっそうか……ごめん」

 間が生まれそのことからかジーナは二人の間になにか広い亀裂ができつつあるような気がした。

 いやそうではなく、これは今できたのではなく、扉の外から生まれ、ここでようやく自分が把握できたということなのだろうか? 瞼を閉じたままのハイネが呟く。

「だから怒ってこんな意地の悪いことねちねちとやりました……フフッ意味不明で気持ち悪いですよね私。何この女すっごくめんぐさい」

 身体は離れてはいないのに遠ざかっているような気がしていく、手から何かが失われていくような感覚のなかハイネは手を、離しているのだろうか?

 ゆっくりと後方へ流れ倒れていくように、触れていた指と指とが摩擦しながら離れ遠ざかるなかハイネの薬指が指先へかかるその前に、ジーナはその手を掴み直す。

 するとハイネの瞼が開き心が燃え立つ茜色の瞳が目に入り指を交わり直し引き寄せる。ほんの僅かに動いただけであるのに、遥か彼方より戻ってきたようにジーナには感じられ、しばらく無言のまま見つめ合いハイネは言う。

「いまごく自然に手が離れそうになったのに」

「全然自然じゃない。私にはすごく大きく離れていくのが分かった」

「無理、しなくていいですよ。手を繋ぐ理由は私が全て無くしてしまいましたし」

「いまこうしてできましたから、大丈夫ですよ」

 ハイネの瞳が茜から朱へ色が混ざっていく。燃えて焼けていくように。

「私が手を繋ぎたいのでこうしました、とこれでどうです」

 ハイネは失笑するもその手を離そうとせず、ただ見る。まだ言葉の続きがあると分かっているように。

「今は繋いでいるのがごく自然だと私には思える。離すのはもっと自然な時でいいはずだからその時まで、このまま手を取ったままでいてもらえないか?」

 ハイネは笑ったが、こちらを攻撃する響きは無く自嘲の響きだとジーナには感じられた。

「あなたがそうしたいと、分かりました。そこまで言うのなら私に拒否する理由はありませんからどうぞお手を取ってください。でも良かったですね私で。私は比較的そこは他の子よりも寛容ですから……あっこれもめんどくさい言い方ですね」

「ですね。だけどそろそろこの意味不明なやり取りにも慣れてきたから大丈夫。あとあなたがどう言おうと離すつもりはありませんでした。最初に握ったのは私なのだから、どうするかは結局は私が決めることだ」

 ふざけた調子で言うと完全に通じたのかハイネは今度は震えながら笑い出した。

「もう怖いですってば。その思考は完全に犯罪者ですよ。もしかして誘拐されて遠くまで連れていかれちゃいますか? 同意したのは私ですけどね、これって罠でしたよね」

「大丈夫ですって。あなたはただの同僚と歩いているだけだから」

「その同僚さんの故郷は女の同僚と手を繋いで歩きますか?」

 掴まれるだけの手の指が動きだしジーナの手を掴みながら問うた。

「故郷では歩きませんが、いまの私は歩く。それでいいじゃないか。私はあなたとこうして歩く」

「はぁ……いいですよ、もう諦めました」

 そこから先の足取りは異様に速いというかハイネは時々道を走りだしたりとよく分からないまま逆に引っ張られていくと、いつしか二人はまた前の石まで来ていた。

「また同じここだけれど、ハイネさんが敷布は持ってくると言っていたけれど、あります?」

「フフッありませんよ。でもこれは私の失策ではありませんからね。今日はこういうつもりではなく、あなたに無理強いされて来たわけですから。ちょっと手を離しますね」

 そういえばそうだなと思いながらハイネを見ると鞄の中から見覚えのある色をした上着を少し取り出した見せた。

「あなたの上着は持ってきました。どうします?」

 どうしますとはなんだ? と思考のために固まっていると何やら笑顔となったハイネが正面に回って襟に手をかける。

「これは前回みたいにいきなり脱がれると私がびっくりしますので先んじて脱がすという動きですから、そう理解してください」

「えっちょっと待った! 自分で脱げるからいいですって」
「そういうのいいですから大人しくしていてください」

 苦笑いしながらハイネは抵抗する間を与えぬほどに素早く掛けボタンを外し、それから脱がせ自分が持ってきた上着を完全に取り出した。

「さぁこちらを着てください。そんなにきれいになっていませんけれど」

「いや絶対に綺麗になっていると思うよ。ありがとう」

 汚れが落ちたためか上着はどこか軽さを感じさせジーナは気分が良くなっていると、また襟に手がかけられる。
「いや、いいですから。ボタンぐらい自分で掛けますよ。妙な気分になりますし」

「だからそういうの、いいですから。なんです恥かしいのですか? 女と手を繋ぎたいと臆面なく言う男が恥ずかしがって、滑稽。どういうことですか? 理屈に合わないことは言わないでください」

 それとこれとはとかそれだったらあなたのそれは、と言おうとする前にもうボタンは掛け終わりハイネは肩を払い満足げに見上げた。

「ジーナさんはこっちの方が似合っていますね。そう思いません?」

 うん、そうなの? と比べる対象の方が礼装で高価なのだが、こっちはこっちで安物ではなくそこそこに高いものであるから、とジーナは判断基準を金額に頼った。

「うーん私には分からないけどハイネさんがそういうのならそうかもしれないな」

「そうですって素敵ですよ。ですから私と会う時はそちらを着用してください。じゃないと苛立ってねちねちめんどくさいことを言うかもしれませんからね」

「なんだその脅しは。まぁいいか分かった。元々そちらの礼装は龍の館用だったし今日は偶然このままできたから、そこまで言ってくれるのなら次回からは着ないよ」

「はい。そうしてください。そう、私と会う日は、着ないでくださいねフフッ」

 ハイネはとても機嫌がよさそうに笑顔になったのでジーナは安堵した。今の発言が、なんであるのかを深く考えることはできずにいたが、彼にとってはどうでもいいことであった。

 それから何かを思い出したよう風にハイネは鞄から手拭のようなものを取り出した。

「忘れていました。今日はこれを敷いて座りますからお構いなく。その上着に座ることはできませんから大丈夫ですよ」

 やけにこの上着を避けるんだな? まぁ良かったこれはヘイム様が手を入れてくれたのだからな。座られるわけにはいかないか。

 そう思いながらジーナが座るとハイネはそのまま右側に座るのではなく左側に来て手拭を敷き、座った。そこにジーナは違和感を覚える。どうしてわざわざ? それにそっちに座るのはいつもは……妙なぐらい胸騒ぎが起こる。あなたは右に座らなければならないのに。

「あのジーナさん。今日の私はいつもとちょっと違うところがあると思いませんか」

「だいぶ違うと思うのだけど」

 心の中ではなく声に出していった。

「いやいやいや不審な点が一つだけありますよね」

「一つ? ハイネさんは不審者だから一つだけなはずないよ」

「また冗談を言っちゃって。真面目な話ほら、いつもだったら目敏いハイネさんが必ず突っ込んでくるであろう点をスル―しているところとか、あるじゃないですか?」

 本音が出たのに冗談口調なのをジーナは安心するも、なにを言って貰いたいのかが分からない。

 ハイネさんはいつもこうだとは思うが、女というのはこういうものであるのかもしれない。それに比べたらあの女とのやり取りはまだやりやすい……いや、そう思っては駄目だ、考えろ!

「うーんそうだな。ハイネさんが私を見た瞬間に思うことは……」

 無意識に頬に手を当てると何か異物がそこにあった。ああそうだ今はこれを、と気づくとハイネの眼は笑い朱の瞳が穏やかな茜色に変わったのが分かる。これか、と。

「あのですねハイネさん。この手当は」
「いいのですよ分かっていますから。はい、そう、それですそれ。頬に貼ってある不細工な手当、これに気付かない私じゃありませんよ、ね?」

 そういうことかとジーナは合点した。自分自身もこの傷を忘れたいがために敢えて意識せずにしていたが、見る人はこれについて大小どちらかな関心を示すというのに、恐ろしく細かく神経質そうなこのハイネがこのことを聞かないことの不可解さに気付くべきであった。

「どうしたのですその怪我は? と尋ねないあたりにもっと早く疑問に感じないとだと駄目ですよ。私がそれに触れなかったのはですね、これです」

 ハイネが取り出し膝の上に置いたのは小包であり開くとそこには治療用の道具らしきものが一通りそろっていた。

「今日は私の当番でしたが帰り際にシオン様から命じられましてね。ヘイム様があなたが怪我をしそれは公傷であるので薬を与えるように、と。しかしそれはキルシュに渡し治療するように、と」

 なんだかずいぶんとまどろっこしいな、とジーナが感じているとハイネが視線を合わせて頷いた。こちらの心を読んだように。だから読むんじゃない。

「理由は分かりませんが、そういうことなので私はジーナさんたちの隊室に行ったところ、ご存じのようにあの子がパニック状態になっていて……そのうえここにフフッ合意の元で連れてこられて、さぁどうしましょ?」

「そういうことか。でもキルシュはあの状態だと今日はその役目は無理だろうな」

「……ですよねぇ。どうしましょう」

 いつの間にかジーナはまた不可解な森に入ってしまい思考力が遭難することとなる。

 何故直接ハイネさんに治療させるように言わなかったのか? 何故ハイネさんは自分からやりますよと言わずに所在無げにするのか。簡単な話なはずなのに、なにかが難しくしている。

「キルシュは特別治療が巧いというわけではないのだが、彼女でないといけない理由とは何だろう?」

「なんでしょうね……私はそう命ぜられたので自分では何とも……わかんなーい」

 やはりこの態度はおかしい、と今度はジーナが不安になってきた。あれかな? 治療が下手だと判断されているキルシュに渡すようにと告げられたことにイライラしているのか? 私を信頼していないのですか? と上には言い返せずにわだかまりを抱いてこっちにやって来て、
そして普段より激しくねちっこく私に辛く八つ当たりをしたと……なるほどそうかもしれない。

「ハイネさんは手当はお上手ですよね?」

「おっいいですねその人を見た目で判断する言い方。まぁ下手ではないですよ」

 謙遜してみせるが明らかに浮き足立っているのが分かりもう少し引き寄せることにする。

「私以上というのは絶対確実でしょうから良ければやって頂けませんか。このまま戻って落ち込んでいるキルシュにこういうことを頼めるはずもないし。雑なことをされたら嫌だし、そもそもあっちこそ手当てが必要だろうし」

「まったくですね。まぁキルシュでなければならない理由はありませんし、私ではいけない理由はないのですよ。そうですよね?」

「そうだな。ハイネさんではいけない理由は私には分からない」

「ではやってあげます。私は見た目通りに親切で優しい女の人ですからね」

 ツッコミ待ちな表情をしていると見てジーナはそこに乗った。気が利く男だなとジーナは少し自分の成長を誉めた。

「今日はあまり優しくなかったと思うけど」

「あなただからですよ。あなただから辛く当てられるのです」

「それは、酷いな」

「酷いのはあなたです、自分でそう思いません?」

 瞬間、声が重なったようにジーナには聞こえた。ハイネだけの声ではない、問う声が。どこかからきた。

「……思う」

 傷の箇所に指が掛かり虚ろになった眼が強い視線を感じ目覚めさせた。こっちを見ろとの力が、ハイネの朱色の瞳が見つめてきた。

「私は別に大丈夫ですからね。フフッほら優しいでしょ?」

 ジーナが頷くとハイネはそのまま頬に貼った傷当てを剥がし始める。もう血は流れてはおらず止まっているのだろう。

 残っているのは微かな痕と鈍痛だけ。
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