こちらヒロイン2人がラスボスの魔王と龍になります。

好きですよ

 ジーナが告げると、その言葉によって解き放たれたように二人はその行為すらなかったかのごとくすぐに離れ、ハイネは乱れた髪を手で整えながら呆れ顔を晒した。

「そこまで強情を張るのなら、もういいです。結構頑張りましたが今回は私の負けでいいですよ」

 胸の痛みが突然消滅したジーナは、半ば呆けたようにハイネの変わりようを見ていた。

「あなたの言うように指輪を貰います。欲しくなかったのに貰う羽目に陥って、困りましたけど仕方がないですよね」

 ベットの傍らに座りながら微笑むハイネをジーナは、なにか違うものを見るようにして眺めていた。しかしそこにいるのはいつもの姿であり、いつもの色に戻った瞳であるハイネであり、だから思った。すると変わったのは自分の方なのでは、と。

 脇に置かれていたあの日の上着の胸ポケットに手を入れ例の小箱を取り出そうとすると、指に違和感が当たり、それから嫌な予感が走った。

 そう、あの短刀で胸を刺した際になにか引っ掛かりがあったなと今更ながら思い出し小箱を取り出すと、やはりそうであった。

 小箱には短刀による刺突跡があり、二人は同時に目を見合わせハイネが視線で開封を促しジーナが開くと、閉じ込められて力を貯めていた宝石が光を放つも歪んでいた。

 茜色の玉の側面にははっきりとわかる一筋の刀傷があり、それは他の何よりにもましてあの時の……。

「証拠といえますよねこれ。ブリアンさんが証言していた短刀による傷はこれですし、あなたは記憶にないと言っていましたが、いま小声であの時のかと呟いていたのを私は聞きましたよ」

「声に出ていたのか!?」

 叫ぶとハイネの顔が笑い崩れた。

「フフッごめんなさい。あなたが簡単に策に嵌って語るに落ちちゃったから笑ってしまいました。証拠物品であったり疑惑の品でありましょうが、そんなことはどうでもいいですね。これは私のものですし、そうですよね?」

 そうだとは思うもののジーナはこれを与えることに躊躇していると、この心もまた見抜かれたようにハイネが踏み込んで来た。

「この傷ものの宝石を惨めなものだと思って、あげることを拒んだりします?」

「惨めであるというよりかは、傷ついた宝石は不幸を呼ぶと私の地方では言われていてな」

「それはなかなか良い言葉ですね。不幸を呼びますか、不幸になってしまいますか……」

 ハイネは小箱に収まったままの指輪を見つめながら独り言を続け、やがて小箱を受け取りジーナに言った。

「傷有りで不幸の呪い付だなんて私にお似合いだと思いません?」

「思わないけれど、ハイネさんはそれは望んでいるとでも?」

「望んでいるわけありません。けれどですね、けれども」

 言葉を切りハイネはうつむき視線を降ろし宝石に目を向ける。

「望むにしろ望まぬにしろ、私はそうなってしまうという予感はあります。どのみち傷があろうと無かろうとこれは私のものです、ですから」

 ハイネが指輪に指に付けようとするとジーナの手によって阻まれる。驚き顔をあげると目が合った。

「一人でつけるのはいけない。私がつけます」

「それにどんな意味が? まさか同情とでも? 私を可哀想だと思って?」

「まさか。看護のお礼とそれに私が不幸の呪いとか余計なことを言ったのですから、責任をとってせめて二つに分割したほうがいいと。傷ついた宝石はそうするべきだという教えがありまして」

「へぇ……お礼がそれなんですか。責任と。良いですよ、その心も含めて受け取ります」

 やけに素直だなと思いながらジーナは小箱を受け取り返し、指輪を指でつまむ。前を見ると視線を大きく左に逸らし両手を前に組んで下に置いたまま、落ち着いているようでなにかそわそわと揺れているハイネがそこにいた。

「それでハイネさん。これは薬指用のであって」

「どちらですか?」

 どちらの? とジーナはハイネが組んでいる両手を見るにそこは左を前にしていた。違うそうじゃない。

 この場合は右に決まっている、左は意味が違う。だから右だ、右というだけなのにジーナは思う。ここで左といったらどうなるのだろうか?

 彼女は拒否をしないと仮定したら、私の意思がここで通るとしたら、私が望むのは……。謎の迷いの時間はどのくらいだったのか、気づくとハイネの顔が前にありこちらを見ていた。

 穏やかな表情に優しげで満足気な微笑み。なんだそれは、とジーナは突発的に生まれた迷いを捨てた。

「すまない、ちょっと考え事があって」

「フフッはい、分かっていますから大丈夫ですよ」

 なにを分かっているのやら分からないままジーナは指輪をもちあげ伝える。

「右手を、いいか」

「はい」

 あまり知らない手が近づいてくるのを見て、これがもしも左手ならばという連想が新たに生まれてくる前にその手を取り、薬指に触れる。

「傷付きの宝石の指輪をわざわざ嵌めるだなんて、馬鹿な女だと思っていますよね?」

「馬鹿だとは思ってないよ。ただ変な人だとは思っている」

「そうですね変な女ですよ。看護したら、どうしても指輪をあげなきゃ僕は困っちゃう! と無駄な抵抗を続ける変な男に屈してこうやって手を委ねるとか、普通の男女の関係でありませんよね」

「あまり深く考えさせないでくれ。深く考えたらハイネさんに指輪を渡すことが、おかしなことになってしまうから」

「なら、こうは思って考えません? 胸に突き刺した短刀は、小箱と宝石が犠牲になったことで刃先が命まで届くのを防いだと。そう思うとしたら、これは私がつけるに相応しい、と」

「たしかに指輪の宝石はそうかもしれないけど、ハイネさんは私の……」

 犠牲になることはない、と言おうとするもハイネが首を微かに振りながら見つめて来ると口が閉じた。

 その先の言葉は言わないでということなのだろうか? それはいったい何故であり、どうしてそのような関係を拒否する言葉を封じるのか。

「私は、これからあなたの指輪をつけるのです。逃げないで」

 逃げる、その言葉に対してジーナは反発よりも納得が先に来てそのまま腑に落ちる。掴んでいる手は逆に掴まれ、動いていないのに動き引き寄せられている感覚の中でジーナはその流れに身を沈める。

「私はあなたの薬指に、この指輪を通す」

「はい」

 小さな頷きと返事を聞くとジーナは指輪を通し始めるも、歪みからか抵抗がかかっているように感じられ平静な表情のハイネに問おうとすると、先んじて止められる。

「大丈夫です、そのまま奥まで」

 そしてそのまま通し終えるとハイネは呼吸を止めていたのか長く息を吐き出し、自分の右手を凝視する。

 角度を変え輝きを変え光を当て暗さに置き、あらゆる方法にて確認しながらその楽しんでいる姿を見てジーナは安堵の息を吐いた。

 これで終わったのだと。指輪一つ渡すだけでこんなに大変だとは西だと考えられないことであり、東の文化の複雑さ……人の心の厄介さに疲れを覚えた。

 ところでいまは何時だと時間を意識すると、声が聞こえた。

「ジーナ」

 名を呼ばれるも、不思議な響きでありそれは染み込むように胸に入って来て誰の声かということはあとから来た。

 しかしその声は知らない声であるのに、誰のかは分かった。目をあげると右側に変わらずハイネがいるというのに、違う女のようにジーナには見えた。

 それは瞳の色であり、夕焼けを思わせる茜色であるのに透き通った朝の空のようにも見えジーナは、その色が何色であるのかを言葉に出来なかった。

 それよりも言葉にするよりも先に感情が湧き出す、美しいと。魅入られるように見つめれば見つめるほどに、誰であるという認識は失いつつあり無へと移り変わり、残るのはその美しさだけであり、それが言った。

「好きですよ」

 挨拶であるように感情のこもらぬこ静かな声であり、それがジーナの心に入り水面に落ちた一滴によって広がる波紋が徐々に大きくなり、やがては大波へと変わっていくのを溢れださぬように堪えていた。

 これは何の言葉だろう? とジーナは言葉が理解できず、その何かに耐え、待った。

 続く言葉があるはずだと。ジーナはハイネの瞳と閉ざされた口を見つめ、待つ。

 再び止まったかのように凍った時が二人の間を取り巻いた。それでも時が動いていると分かるのはハイネの瞬きと呼吸による揺れ。

 ジーナもまた同じように口を閉ざし呼吸で揺れているだけであった。瞬きを見せながら、だがその回数はあちらよりも多いだろうと。

 これに気づいてからジーナは自分はずっとハイネの顔を見つめていると分かり、ふと思った。いまこれを見ているのは私だけであり、これはハイネ自身すら見ることができない私だけのものではないかと。

 そう考えるとジーナの心は暖かいなにかで満たされているようにも感じられた。自分だけがこの美しさを知り、いつまでも見ることができるのだと。

 いつまでも? どのくらい時が経ったのかジーナには分からず、次第に思い始める。もしも言葉の続きが来ないとしたら。あの言葉で完成でありその瞳はその心であり、そうだとしたら自分のその心は?

 はっきりと美しいと感じ喜びを覚えているこの心がもしも、あの心が、言葉にしても感じてもならないものであるとしたら、瞬きする度に感じるその心が、時がこのままずっと動かずにここにいられればいいなと願う心が、永遠を叶えているとしたら、否定しなければならない。そうしなければ時が進まないというのならば……。

「ハイネさ」

「この指輪が好きですよ。凄く気に入りました。ありがとうジーナさん」

 言葉が被せられ、あっさりと時が動き出しハイネは指輪を見せながら微笑んだ。

 それは止まっていた時間など、この世界のどこにも無かったと伝えるように。全てはあなたの幻想だったと伝えるかのように。

「あなたが言う私よりも綺麗な宝石。どうです似合いますよね」

 そこには勝ち誇った顔があり指を見せつけるように、ひらひらジーナの眼のまえで舞いさせ輝きを振りまき飛ばした。

「似合うよ。それと綺麗だね」

「宝石がですね、分かっていますよ」

「そうだ、宝石だ」

 即座に無駄に勢い込んで返事をするとハイネは鼻で笑いジーナの肩に後頭部を傾け寄りかかり、右手を顔の前に出す。

 ハイネの髪の匂いがいつもより強く違っているとジーナは、その急な変化に疑問を覚える。

「ほら私の手に収まった方が良かったですよね」

「あんなにいらないと言っていたのに」

「実際につけて見ないとわかりませんもの。私が欲しい欲しいと言ってせがむのも品がありませんし」

 ハイネの手の動きをジーナは蝶のようだと思い、しばらく眺めていると不安が湧き起こりその蝶を捕えた。

「よく見てみると傷痕が気になるな。本当にこれで良かったのか?」

 問いに対しハイネは得意そうに自信を込めているような表情でジーナに言った。

「たとえ傷痕があったとしても私は気にしませんよ」

 右手を掴んでいるそのジーナの手にハイネは左手を添え、つつみ込み目を合わせ言葉を繰り返す。

「私は気にしませんし、これがいいのです」

 語られるハイネの言葉を聞きながらジーナは、もう元の色に戻っているその瞳をしばらく眺めていた。
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