記憶を失くした令嬢が、二度目の恋に落ちるまで

プロローグ ジェイド危篤の報せ



「ジェイドが、危篤だそうだ」

「……え?」


 ヴァロア伯爵家の居間は、冬の静けさに満ちていた。
 外には雪が降り積もり、庭の噴水は氷に閉ざされている。


 この家の一人娘・リディアは、突然の婚約者(ジェイド)危篤の知らせに、茫然と目を見開いた。
 三人掛けのソファの真ん中に腰掛けたまま、向かいの父と母を見定める。

「そんな……どうして……?」

 どうにか声を絞り出すと、父は悔し気に顔を歪めた。

「毒矢に射られたそうだ。魔法医師団が解毒を試みたそうだが、毒の性質が複雑で、解毒しきれなかったと」
「そんな……」


 ジェイド・マクラーレン。
 王室騎士団長の次男であり、いずれ伯爵家に婿養子として迎えることが決まっていた人物──つまり、リディアの婚約者だ。


 二人が初めて出会ったのは、リディアが七歳、ジェイドが十歳のときだった。
 それぞれの親に引き合わされた関係だったが、そんなことを知らぬ二人は、あっと言う間に仲良くなった。

 花畑で冠を作ってたわむれた春。
 川でずぶ濡れになるまで水遊びをし、互いの両親にこっぴどく叱られた夏。
 ジェイドの剣術の練習を、飽きもせずに遅くまで応援し続けた秋。
 スケート靴を履いて、湖に張った分厚い氷の上をくるくるとダンスをした、美しい冬。

 喧嘩をすることもあったけれど、出会ってから五年後、ジェイドと婚約が成ったときは本当に嬉しかった。
 すっかり大人の青年に成長したジェイドから、「俺が生涯、君を守る」と言われたときは、胸がきゅっと締め付けられて、天にも昇る気持ちになった。


 ――それなのに。
< 1 / 27 >

この作品をシェア

pagetop