記憶を失くした令嬢が、二度目の恋に落ちるまで
プロローグ ジェイド危篤の報せ
「ジェイドが、危篤だそうだ」
「……え?」
ヴァロア伯爵家の居間は、冬の静けさに満ちていた。
外には雪が降り積もり、庭の噴水は氷に閉ざされている。
この家の一人娘・リディアは、突然の婚約者危篤の知らせに、茫然と目を見開いた。
三人掛けのソファの真ん中に腰掛けたまま、向かいの父と母を見定める。
「そんな……どうして……?」
どうにか声を絞り出すと、父は悔し気に顔を歪めた。
「毒矢に射られたそうだ。魔法医師団が解毒を試みたそうだが、毒の性質が複雑で、解毒しきれなかったと」
「そんな……」
ジェイド・マクラーレン。
王室騎士団長の次男であり、いずれ伯爵家に婿養子として迎えることが決まっていた人物──つまり、リディアの婚約者だ。
二人が初めて出会ったのは、リディアが七歳、ジェイドが十歳のときだった。
それぞれの親に引き合わされた関係だったが、そんなことを知らぬ二人は、あっと言う間に仲良くなった。
花畑で冠を作ってたわむれた春。
川でずぶ濡れになるまで水遊びをし、互いの両親にこっぴどく叱られた夏。
ジェイドの剣術の練習を、飽きもせずに遅くまで応援し続けた秋。
スケート靴を履いて、湖に張った分厚い氷の上をくるくるとダンスをした、美しい冬。
喧嘩をすることもあったけれど、出会ってから五年後、ジェイドと婚約が成ったときは本当に嬉しかった。
すっかり大人の青年に成長したジェイドから、「俺が生涯、君を守る」と言われたときは、胸がきゅっと締め付けられて、天にも昇る気持ちになった。
――それなのに。
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