旦那様は二人きりになると無口になるから仮初の夫婦なのかと思っていたけど、意外とそうでもなかった
青銅器というのは、青銅で作るから青銅器なのであって、編み物で作るものではないのでは……?

思わずそんな言葉が喉元まで出かかる。
なんと返答しようか迷い、部屋の端にいるリズとジェイクを見やる。
何か返答の手立てを見つけられると思ったからだったが、二人は困惑したような……あるいは啞然としたような様子で旦那様を見つめていて、それどころではなさそうだった。

(さて……なんで返すのがいいんでしょう……)

「違います」と言うのは簡単だろう。
ただおそらく、旦那様と私ではそれだけで会話は終わってしまう。
なるべくここから会話を続けて、旦那様の趣味や考えを知りたいのだ。
少しばかり考えて、私は旦那様に作りかけの手袋を見せながら口を開いた。

「ちなみに……どのあたりが青銅器なのでしょう?」

はたしてこれが正しい問いかどうかはわからないけれど、向こうから答えが返ってきて会話を続けることができる、我ながら良い返答だと思う。

「ふむ」

旦那様は再び俯いて考え込んだが、今度はすぐに顔をあげた。
そしてふいに立ち上がったかと思うと、ゆっくりと私の座るソファへとやってきて、私の右手前あたりに片膝をついて座った。
そして彼の手は、作りかけの手袋へ。

「まず、このフォルムが青銅器時代前期の遺跡から出土したものに似ている」
「……はい」
「後期のものはもう少し平たくなる傾向になるから、これは青銅器時代前期に作られた青銅器で、ここのあたりよりも北の地方で出土されるものにとてもよく似ている……と思う」

キラキラした笑顔でそう話す旦那様。
社交界を除いて、これほどまでにしゃべる旦那様を見るのは初めてかもしれない。
ただどうしてだろう。
褒められていると思うのだが、こんなに嬉しくないのは。
いや、こんなに楽しそうな旦那様を見るのは嬉しいし、旦那様が饒舌になるくらいなのだからおそらくこういった考古学的なものが趣味というのはよくわかった。
そして、編み物にはあまり興味がなさそうということも。

(ここで「手袋でした~!」って言うのも、なんだか気が引けるわよね……)

だってこれ、確実に青銅器だと思ってらっしゃるお顔だもの。
もはや、手袋じゃなくて青銅器作ってたってことにする?
でも青銅器を編み物で作るって、ちょっと意味がわからなくない?

「旦那様は……遺跡がお好きなのですね?」

辛うじてそれだけ言えた。
すると旦那様は「ああ」と答えたもののすぐにハッとしたようにかすかに眉を上げると、ゆっくりと先ほどまで座っていた席に戻っていく。
そして再びじっと私を見つめはじめた。
何度目かの静寂が、ダイニングに訪れる。

(…………振り出しに戻っちゃったわ……)

さて、どうしようかしら、と悩みはじめたものの、ふと思いついた。

「では、旦那様からもクイズを出してください」
「…………ふむ?」

もう強制的に会話をしてもらうことにしよう。
私がクイズを出したのだから、向こうからクイズを出してもらうことだっていいはずでしょう。
まあ、勝手にこちらから出したのだけど。
私は編み物を左隣にあるチェストの上に置き、旦那様をじっと見つめる。
すると彼は眉根を寄せて、顎に手をやった。
きっとクイズを考えていることだろう。
可能であれば青銅器といった専門的なものはやめていただきたいのだけど、いざとなったらジェイクかリズに助けを求めよう。
くわえて旦那様のことだからクイズが出るまで長期戦を考えていたのだが、思いの外彼が口を開くまでは早かった。

「この間の海は……どうだっただろうか」
「海、ですか?」

ひとまず、専門的なクイズじゃなくて良かった、と安堵が胸の内に広がる。
そして昨日の小旅行が脳裏をよぎった。

「素敵な光景が見られて、とても楽しかったです。私のわがままでしたのに、連れていってくれて、ありがとうございました」
「……いや、それならいい」

旦那様にそう言うと、なぜだか彼はホッとしたような面持ちになる。
いや、普段の無表情から変化はないからホッとしているかどうかはわからないけれど、なんだかかすかな表情の変化と、声音からそう感じた。

「もしかして、何かございましたか……?」
「ん?」

思わず口に出してしまってから、「しまった」と思う。
あそこの丘の広場は、旦那様が所有している土地だと言っていた。
そして手作り感満載のベンチもあった。
きっと大事な記憶だったり、旦那様にとって大事な場所だったりするのだろう。
そこにずかずかと踏み込むような感覚がしたのだ。

「いえ、なんでもございませんわ……すみません、忘れてくださいませ」

かぶりを振ってから、チェストに置いていた編み物を手に取る。
もう集中できなそうであるが、このきまずい時間をやり過ごすにはちょうどいいだろう。
そう思っていたのだが、気まずい沈黙はすぐに終わった。

「君が、嫌な思いをしなかったか、心配だったんだ」

一瞬その言葉の意味が理解できず考え、すぐに驚きとともに顔を上げる。
すると、かすかに眉尻を下げた旦那様が、こちらをじっと見つめていた。

「嫌な思い、ですか?」
「ああ」

そう答えた旦那様は、あからさまに緊張した様子だった。

「強引に抱きしめてしまったから……それが嫌じゃなかっただろうか、と」
「抱きしめて……?」

たしか夕陽を見た際に、旦那様のすぐ隣に腰に手を回されてぎゅっと抱かれたまま座ることになったのを思い出す。
それに嫌な思いをしなかったか、と不安そうに思うだなんて――

(旦那様って紳士的で、なんだか可愛らしいわ)

社交界ではダンスをするのが一般的なのだが、世の男性貴族の中には、「俺と体を密着できて光栄だろう」と言わんばかりの方もいる。
往々にしてそういう方々は女性からは嫌われているのだけれど、それとは対局を行く旦那様は、本当に紳士的だ。
そしてそんな不安そうな彼は、なんだか愛玩動物のようで可愛らしい。

「そのことでしたら、まったく何も思ってございませんから、安心してくださいませ」
「なら、良かった……」

あからさまに安堵した様子の旦那様を見ると、なんだか微笑ましくなる。
これで大丈夫でしょう……そう思ってリズのほうを見ると、リズはなぜか頭を抱えていた。

(あれ、なんで!?)
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