不幸を呼ぶ男 Case.1
【その日の夜・滝沢のアジト】
滝沢はベッドに入った
あの夢の続きを見るのではないかという恐怖
しかし同時に覚えてる記憶と夢が交差するのではというわずかな期待
二つの相反する感情が入り混じった複雑な心境だった
やがて彼の意識は眠りという静かな闇へと落ちていく
【夢の中 ― ロシア軍事施設・医務室】
冷たいベッドの上
俺はまたあの場所にいた
一日一回の注射の時間
今日の医務室には見慣れない顔ぶれが揃っていた
いつものドクター
そしてその横には肩に黄金の星をいくつも付けた軍の最高幹部らしき三人の男たち
ソコロフ元帥ヴォルコフ大将オルロフ中将
彼らはまるで品定めでもするかのように俺の体を見下ろしていた
何を話しているのか聞き取れない
『いや……違う。今の俺になら分かる』
ヴォルコフ大将「それで今回の研究は本当に大丈夫なのだろうな?ドクター」
ドクター「ええ。今回の被検体イレブンは特別です。これまでの失敗作とは訳が違う。すでにマウスでの実験では驚くべき効果が出ています」
ドクターは興奮したように早口でまくしたてた
ドクター「筋肉量そしてその筋肉量に耐えうる骨格と心肺機能の飛躍的な向上。さらには人間の限界を超える関節の可動域の拡大。全て完璧です」
オルロフ中将「で問題の副作用はどうなのだ」
ソコロフ元帥「……これまで六人が失敗し死んでいる」
ドクター「問題ありません」
ドクターはきっぱりと言い切った
ドクター「副作用は二つ。古い記憶から順に失われていく記憶障害。それと喜怒哀落の感情の欠乏」
そして彼は心底楽しそうにこう続けた
ドクター「過去に縛られず感情にも左右されない。最高の『殺戮マシーン』を作る上でこれほど都合の良い副作用はありませんよ」
ドクター「万が一があってもこの子供は生きていても世に出すわけにはいかない存在なのでしょう?でしたら何の問題もないはずだ」
ヴォルコフ大将「……まぁいいだろう」
オルロフ中将「どちらにせよこれが最後のチャンスだ」
ドクター「分かっていますよ」
ドクターは一本の注射器を手に取った
ドクター「今回のは遺伝子レベルで肉体を再構築する神の薬だ。今までの単なるドーピングのような薬とは訳が違う」
ソコロフ元帥「……成果に期待している」
元帥がそう言うと三人の軍人たちは部屋から出て行った
そして俺の腕にあの冷たい針が刺さる
それから俺の体は俺のものではなくなった
訓練の後鏡を見るたびに自分の体が化け物へと変わっていくのが分かった
どの分野のトップアスリートとも互角以上に渡り合える異常なまでの身体能力
どれだけ激しい痛みを受けてもほとんど乱れることのない心肺機能
そして失われていく感情
人を殺しても何も感じない
ただ任務を遂行するだけの人形
こうして滝沢 大和という一人の人間は死んだ
そして最強の「殺戮マシーン」がこの世に産声を上げたのだ
そこで夢は終わる