不幸を呼ぶ男 Case.1


滝沢はベッドを抜け出すと無言でテレビの電源を入れた
彼の朝のルーティンはここから始まる
『……ウクライナ東部のハリコフ州では依然として激しい攻防が続いています。ロシア軍は未明に大規模なドローン攻撃を行い複数の民間施設が破壊された、との情報が入っています。これに対しウクライナ軍は……』
画面の中では女子アナが淡々と最新の国際情勢を伝えていた
2025年になっても世界から戦争が無くなる気配はない
滝沢は別にニュースを見ているがその内容はほとんど頭に入っていなかった
彼の思考はまだあの夢の中にあった
ドイツの石畳の街並み
顔の見えない男女
そして鼻の奥に残るソーセージの焼けた匂い……
璃夏「おはようございまーす」
寝室のドアが開き璃夏が眠そうな顔で顔を出す
滝沢「おぅ」
滝沢は短く応えた
滝沢は洗面所へ向かい歯を磨く
その時間もずっと夢のことを考えていた
全てを終えると彼はソファに深く座り一服する
今日も特にやることはない
平和で退屈な一日がまた始まるはずだった
滝沢「璃夏」
珍しく滝沢の方から声をかけた
璃夏「はい」
璃夏は少し不思議そうな顔で滝沢を見る
滝沢「お前ドイツに行った事あるか?」
璃夏「え?ありますよ。旅行で一度だけですけど」
滝沢「……ドイツってのは歩いてるとそこら中からウインナーの焼けた匂いがするもんなのか?」
璃夏「なんですか急に?夢の話ですか?」
璃夏はくすりと笑う
滝沢「少し気になっただけだ」
璃夏「んー、しますよ」
璃夏は少し考えて答えた
璃夏「もちろんずっとじゃないですけどクリスマスマーケットの時期とかは特に。屋台がたくさん出ててすごく良い匂いがします」
滝沢「……そうか」
滝沢の眉間の皺がわずかに深くなった
夢の中のあの匂いが現実と繋がった瞬間だった
璃夏「滝沢さんもドイツ行ったことあるんですか?」
滝沢「いや無い」
滝沢は即答した
滝沢「無いのにやけに生々しい夢だったから聞いただけだ」

璃夏「そういえば」
璃夏が何かを思い出したように言った
滝沢「ん?」
璃夏「私、滝沢さんのこと、何にも知らないんですよね」
その言葉はとても静かだった
滝沢「色々知ってるだろ」
滝沢はぶっきらぼうに言う
滝沢「ここに勝手に住み着いてる女が何言ってやがる」
璃夏「勝手にって!私は!」
璃夏が顔を真っ赤にして反論しようとする
滝沢「うるせぇぞ朝から」
滝沢がそれを遮った
璃夏は口を尖らせてぶつぶつと何かを言っている
璃夏「そうじゃなくて」
彼女は真面目な顔で滝沢を見つめた
璃夏「滝沢さんの昔のこととかです」
「どこで生まれてどんな子供だったのかとか……ご家族のこととか」
滝沢「……」
滝沢は黙ってタバコの煙を吐き出した
璃夏「教えてくださいよ色々」
長い沈黙が流れた
やがて滝沢は諦めたように短く息を吐く
そして璃夏から目をそらしながら静かに言った
滝沢「……俺も知らねぇんだ」
璃夏「は……?」
璃夏はきょとんとした顔で滝沢を見た
彼が何を言っているのか全く理解できない
そんな顔をしていた
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