不幸を呼ぶ男 Case.1

璃夏「知らねぇって……」
璃夏「え?」
彼女はただ呆然と滝沢を見ていた
その言葉の意味を脳が理解することを拒んでいるようだった
璃夏「どこで生まれ育ったか分からないんですか?」
滝沢「あぁ」
彼は短く応える
滝沢「親がいるのかも兄弟がいるのかも分からん」
璃夏「それは……」
璃夏「記憶がないってことですか?」
滝沢「そうだ」
璃夏「え……じゃあ逆にいつからの記憶ならあるんですか?」
その問いに滝沢の目が一瞬だけ鋭くそして深く影を落とした。
「……あまり思い出したくない」
「また今度だ」
彼はそう言って会話を一方的に打ち切った
璃夏「……」
彼女は悲しそうな顔で俯いた
(滝沢さんはどこまでも孤独だったんだ……)
そう思うと璃夏の目に涙がじわりと潤んだ
だが彼女はその顔を滝沢に見られないようにそっと横を向いた
なぜかそうしないといけない気がしたからだ
この男の唯一の聖域に土足で踏み込んではいけない
憐れみや同情はきっと彼を深く傷つけるだけだ
滝沢はそんな璃夏の気遣いには気づかないフリをして静かに立ち上がった
そして本棚から一冊の本を取り出しその奥のボタンを押す
ゴゴゴ……
本棚が横にスライドして隠し通路が出現した
滝沢はその闇の中へと一人で進んでいく
中からボタンを押すと本棚が元の位置にスライドして戻った
そこは小さいながらも完璧な防音設備を備えたプライベートな射撃場だった
滝沢は慣れた手つきで一丁のオートマチックピストルを手に取る
その冷たい感触を確かめるように数発射撃した
パンッ!パンッ!パンッ!
乾いた破裂音が狭い空間に響く
彼の心の乱れを鎮めるための儀式のようなものだった
射撃を終え彼は武器庫の重い扉を開けた
その一番奥
他のどの銃器とも別に保管されている一つの高級そうなケースを取り出す
射撃場の台の上にそれを置いた
そしてまるで宝物に触れるかのように大事そうにそのケースを開ける
中には一丁の巨大なリボルバーが収められていた
S&W M500
「ハンドキャノン」の異名を持つ世界最強クラスの回転式拳銃
対人用ではなく熊などの大型獣の狩猟を目的として作られたまさに「大砲」
そのあまりの反動の強さから常人では撃つことさえままならない
目の前のM500はマズルが通常よりも長く延長され
グリップもまた滝沢のその大きな手に完璧にフィットするよう特別に誂えられていた
彼はその銀色の獣を手に取ると弾丸を一発だけ装填する
そして的の中心を見据え片手で引き金を引いた
ドゴォォォォォンッ!
アジト全体が震えるほどの凄まじい轟音
放たれた弾丸は的のど真ん中その中心の一点に寸分の狂いもなく吸い込まれていた
滝沢は硝煙の立ち上るその銃をただじっと見つめる
この銃だけが知っている
彼が忘れてしまったあの日の真実を
そして彼が思い出すことを拒絶し続けている最初の記憶を
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